紅蘭、娘の最高のお手本になりたい

2021年10月20日 08:40
紅蘭Instagramより
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 シングルマザーとして、そして実業家としても活躍中のタレント・紅蘭。自身のスタンスを貫く彼女のファッションやメイク、考え方や生き方は、ときに「母親らしくない」と批判されることもあったが、「母であり私である」と自分を貫くことで子どもと向き合っている彼女の子育てには、同世代からの共感も高い。俳優・草刈正雄の娘としての生きづらさを感じた多感期、そして、事実婚を発表した当初から現在まで、世間の反応の変化をどのように感じてきたのか。また、親との関係性を築く上での最適解は? “母”となった紅蘭が考える親子の在り方を聞いた。

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■「批判的な意見が前に進むきっかけになる」学校で見つけた自分らしい生き方

――今年の7月には初の著書『#母であり私である 子育ての最強幸福論』(KADOKAWA)を発売されました。固定概念に縛られず、自分らしいファッションやスタンスを貫いてらっしゃる紅蘭さん。以前は批判的な声が多かったように思いますが、現在は支持する方も増え、世間の反応が変化しているように感じます。

【紅蘭】確かに事実婚を選択した当時は批判的な声が多かったですね。だけど徐々に世の中も変化してきて、最近では事実婚の話題がニュースで取り上げられたりするようになりました。それはもしかしたら事実婚への批判をきっかけに、世間のみなさんが色々と議論した結果でもあるのかもしれない。最近は私に対する批判的なコメントがかなり少なくなってきていることについて、“パンチが弱いかも?”と思ったりしています(笑)。

――なるほど(笑)。ですが、あまりにも批判の声が多いと落ち込んだり辛くなったりしませんか?

【紅蘭】問題提起をしたり意見を言ったりすれば、世間から賛否両論の声が上がるのは当たり前だと思っていて、あまり気にならないです。むしろ事実婚のときのように批判的な意見が前に進むきっかけになることもあるので、落ち込むというよりは批判もしっかりと受け止めて、前向きに捉えるようにしています。

――いつからご自身の考えやポリシーを大事にして生きるようになったのでしょうか。

【紅蘭】幼い頃からこのままというか、私自身は何も変わってないです。通っていた学校が“自分のやりたいことをとことん追求して個性を大事にしましょう”という方針だったので、大多数が賛成している意見に私ひとりノーと言っても、誰も「なんで?」と言わなかったし、それが当たり前でした。そういう環境で育ったからこそ、自分に嘘をつくことも固定概念に囚われることもなく、ずっと自分らしく生きてこられたんじゃないかなと思います。

■弟の死、母の病気…「無理にでも楽しい方向に持っていく」“草刈家流の苦難の乗り越え方”

――タレントとしてデビューされた当初は父親である俳優・草刈正雄さんの娘として注目を浴びてらっしゃいました。当時を振り返ってみて印象に残っていることは?

【紅蘭】最初のテレビ出演が決まったときに、当時の事務所から事前に用意された衣装とメイクが、普段私が絶対に着ないタイプのワンピース、メイクも薄い色合いのものばかり用意されていたことがありました。おそらく“草刈正雄の娘”として清楚にブランディングしたかったのだと思うのですが、それならテレビに出たくない! と思ってしまった。そこで父に相談したら「普段の姿のまま出ればいいじゃないか」と言ってくれたんです。「パパ最高だな」と思いました。ただ、自分らしい姿でバラエティーに出たことで「草刈正雄の娘が父親のイメージと違いすぎる!」みたいなアンチの声が広がり、父のイメージまで壊してしまいましたが(笑)。

――そのときお父様はどんな反応をされていましたか?

【紅蘭】「自分の娘として誇りに思う」と。すごくうれしかったです。自分がタレントになったことで父に迷惑をかけていないか心配だったので、その言葉を聞いて一瞬で心が救われました。

――いつも明るく、はつらつとした印象がありますが、逆に悲しい時や辛い時、どのようにして乗り越えてきましたか。

【紅蘭】弟が亡くなったとき、家族みんなが苦しくてしんどくて情緒不安定になっていました。だけどいつまでも落ち込んでいても仕方がない。お通夜では、弟との楽しかった思い出を語りながら飲んで騒いだほうが、きっと彼も喜んでくれるんじゃないかなと思ったんですね。それで棺桶をバーカウンターにして飲みながら、少しでも明るく送ってあげようということになりました。

 母が病気で入院したときも、家族みんなで頑張ろうと気持ちをひとつにしてなんとか乗り切りました。そうやって無理にでも楽しい方向に持っていこうとするのが“草刈家流の苦難の乗り越え方”なのかもしれませんね。

■ブレずに生きてきたこれまでが劇変した出産「退院して外に出た瞬間から見える世界が変わった」

――これまでを振り返ってみて、一番のターニングポイントは?

【紅蘭】娘を出産したときです。退院して外に出た瞬間から見える世界が変わりました。例えば、それまでは日に焼けることに抵抗がなかったのですが、娘をベビーカーに乗せて歩いているとなるべく日陰を探そうとしますし、“あ、こんなところにスロープがある”とか“この建物はエレベーターがないな”とか、自然とそういうことに気が付くようになりました。あとは部屋の家具も、娘の頭がぶつからないように低いものから高さのあるものに。車も車高の低い車から普通の車に変えました。とにかく娘が一番大事なので、何もかもガラっと変わりましたね。

――その変化はとても衝撃的だったのでは?

【紅蘭】必要だからやっていたことですけど、改めて言われると衝撃ですね(笑)。そういった変化を苦に思う方もいるかもしれませんが、私は「変えさせてくれてありがとう」と娘に感謝しています。

――家事に育児、そして仕事と毎日パワフルに人生を歩んでらっしゃいますが、常にポジティブでいられる秘訣は何でしょうか。

【紅蘭】自分では“パワフル”とか“ポジティブ”と言われてもピンとこないのですが、何故かそう言われることが多いので自分なりに分析してみたんです。その結果、たぶんいい意味で“適当”だからなんじゃないかなと(笑)。でも本来は真面目な性格で、“これをやらなければ”ととことん突き詰めるところがあって、娘の離乳食をはじめとして育児で分からないことがあれば都度ネットで検索して書かれた通りにしていました。ところが、完璧にやらなければと頑張れば頑張るほど体調を崩してしまい、“こんな姿は娘に見せたくない”と思って検索するのを一切やめたんです。ネットの情報に頼るよりも、しっかりと娘と向き合うことのほうが大事なんだなと気付いてからはあまりこだわらなくなりました。

――最近は「毒親」や「親ガチャ」といった言葉がニュースで取り上げられることも多く、子育てや親子関係について悩んでいる家庭が増えています。そういった現状についてどう思われますか?

【紅蘭】「毒親」や「親ガチャ」という言葉は正直よく分からないのですが、いくら仲の良い親子でも衝突することや関係が悪くなることはいくらでもあると思います。うちの場合は特に父が厳しかったので、衝突することも結構あったんです。例えば、16歳のときにポールダンスの練習をしようと、自分の部屋にポールをつけたらそれを見た父がショックを通り越して呆れた顔をしていたのは忘れませんし、他にも「そんな服で学校に行くのか?」と言われたこともありました。だけどその都度「別にいいじゃん!」と突っぱねずに、「なんでこれがいけないの? 私はこう思うんだけど」とちゃんと自分の意見を伝えて、父と話し合うようにしていました。

 親に対して「ウザい」と思ったこともいっぱいありましたけど、今ではちゃんと向き合ってきてよかったなと思いますね。きっとそうやって関係性をちゃんと築いてきたからこそ、父はあのとき「ありのままの紅蘭でテレビに出なさい」と言ってくれたんだと思います。

――今後、娘さんにはどういう姿を見せていきたいですか?

【紅蘭】自分が楽しそうにしている姿や幸せそうな姿を見せていきたいです。それから、自分の意見や考えをしっかり持って生きて欲しいですし、些細なことに幸せを見いだせる人になって欲しい。そのために人生の楽しみ方をたくさん教えたいですし、私自身が娘にとっての最高のお手本になれたらと思っています。
(取材・文/奥村百恵)

(提供:オリコン)