芸能人の移籍問題 音事協を直撃

2019年12月10日 08:40
インタビューに答えた中井秀範氏(日本音楽事業者協会 専務理事)
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 芸能事務所の移籍に伴うトラブルが世間の耳目を集めるなか、公正取引委員会(公取委)からも一部芸能事務所への注意喚起も行われる事態に発展。先ごろには公取委が改めて「芸能事務所を退所した芸能人の活動を一定期間禁止する契約は独禁法違反に当たる」とする見解をまとめたとの報道もなされた。この度、日本音楽事業者協会では、公取委の助言も得ながら、これまでに芸能事務所とアーティスト・タレント間で結ばれていた契約書のひな型「専属芸術家統一契約書」の一部を改訂し、12月3日には変更点を公式発表した。問題の背景や変更の意図を同協会・中井秀範専務理事に聞いた。

【実物写真】改訂された「専属アーティスト標準契約書」の中身

■事務所側の契約期間の延長請求に一定の制限、「移籍金」も明文化

 今回、日本音楽事業者協会が改訂した内容について、同協会専務理事・中井秀範氏は「これまで自明の理としてあえて条文として規定していなかった芸能プロダクションとアーティストの関係性を明確にし、お互いが対等な立場で、双方の発展・成長に寄与していく、ということを明文化しました。それ以外の変更点についても、契約の段階で双方がより納得できるように契約内容を透明化させました」と解説する。

 具体的には、まず「専属芸術家統一契約書」という名称について、“芸術家”という表現が時代にそぐわず、さらに「統一契約書」という表記も、この契約書を同協会の会員社に強制するものであるかのような誤解を与える向きもあり、「専属アーティスト標準契約書」に改めた。

 また、現在の問題の発端であり、契約書改訂の契機となった「移籍」および「契約期間延長」に関する部分については、改めて「移籍金」についての内容を明確に契約条項に盛り込んだ。

「これまではプロダクション側から“1回に限り、前回契約期間と同じ期間の延長をアーティストに請求できる”というやや抽象的な条文のもと抑制的に運用してきましたが、この『期間延長請求権』を行使できる条件を明確にしました。“アーティストの知名度(パブリシティ価値)、業績、稼働年数と、プロダクション側がそのアーティストに投下した資本に『不均衡』が生じている場合”に限り、1回だけ延長を請求することができる、とし、アーティスト側では、その不均衡を補てんできる金額を支払う、いわば移籍金の支払いによって契約を終了させることができるようにしました」(中井氏)

■では「移籍金」はどのようなロジックで決定するのか?

 ここで気になるのが「不均衡」と「移籍金」の解釈であり、それぞれはどのようなロジックで決めるのか? だ。さっそく「事務所の言い値で決まるのか?」「結局、高額の移籍金が必要になり、移籍に制限がかかる」という懐疑的な声も聞かれている。

「そこに対してはやはりケースバイケースと言わざるを得ませんし。ただし、契約時に双方が納得できるようにキチンとした説明がなされることを協会としても求めていきます。アーティストのギャラについての詳細はもちろんですが、一部のプロダクションでは、レッスン料や家賃などプロダクションが負担している経費も給与明細に記載しています。このように売上と経費を透明化させることが重要です。ただし、経費には直接経費だけでなく、会社を維持していくための管理費や、マネージャーの人件費、施設の運営費用など、アーティスト業務を支えるための間接的な経費も多くかかっているということはアーティスト側に理解してもらわなければなりません。いずれにしても、契約の段階で、プロダクション側は、そのアーティストに“こういう方針で育成資金を投下し、共に成長を目指していく”ということをキチンと説明し、さらにアーティスト側もそれに納得して契約する、という、言ってしまえば至極当たり前のことを、改めて契約書の内容としても明文化した、ということです」(中井氏)

 中井氏がこう話すように、移籍金について明確な計算式が存在しているわけでないものの契約段階から、さらにはそれ以降も、事務所とアーティストのやり取りの1つひとつをこれまで以上に透明化させ、文書化していくことで、双方の納得できるカタチを見出していくというわけだ。

「移籍に関する条項については、すでに実績のあるアーティストの場合等、そもそも不要なケースもあると考えています。よく『優越的地位の乱用』という言葉が使われますが、実績のある方の場合は、極端に言えば、プロダクションのほうが立場は弱く、もちろん引き止めたりはするでしょうが、移籍の自由は保障されているとも言えます。たとえば、想定しているのはプロダクションが資本を投下し、何年も育成してきたアーティストが、やっとブレイクし始めた…、というケースが主になると思います。この場合には、契約書に記載されている『不均衡』が発生すると考えています。しかし、育成段階だけではなく、売れてからも、プロダクションは、人気の維持、アーティストのスケールアップの為にも不断の投資を行っているということも理解していただかなければなりません」(中井氏)

■移籍したら一定期間干される?

 また、契約終了後に一定期間芸能活動を制限する「競業避止義務」については、明確に『その効力を有しません』と明記した。

「これは契約違反だとか独禁法違反という前に、憲法違反ですからね。そんな当たり前のことまで契約書に明記する必要がない、ということで恐らくこれまでは記載されていなかったのでしょう。ただ、音事協外にも数多あるプロダクションの中には実際にそうした契約をし、活動を制限しているところもあるようです。ですので、今回の『標準契約書』においても、キチンと明記しました」(中井氏)

 さらに、契約期間中に使用した『芸名』については、変わらず事務所側に権利は帰属するとされているが、契約延長に関する条項と同様に、「その芸名の知名度(パブリシティ価値)」に対してプロダクションとアーティスト、双方の『貢献度』に応じて、別途協議する」という内容に改められている。ただし、やはり「貢献度」については明確なロジック立ては難しい印象も強い。いずれの場合においても、いかに双方が「納得」できるか、そこには引き続き、さまざまなケースを参考にしながら議論していく必要もありそうだ。

「もともと本名については、改訂前の統一契約書でもアーティスト本人に帰属すると規定されていますので、最初から問題になりません。芸名の場合、プロダクションとアーティストの協働による努力の結果得た名声は両者共有の価値であると考えています。まさに無名から有名になった後、そのプロダクションを離れれば、そこに含まれる大きなパブリシティ価値はアーティスト本人にのみ保有され、プロダクション側はそれを享受できません。そこにもある種の不均衡が乗じると思っています。これもちゃんと説明し、アーティストの理解を得なければならない大事な事項と考えています」(中井氏)

■求められる「透明性」の担保

 従来の解説書もこの機会に改訂した。アーティストがエンタテインメント業界やプロダクションビジネスに明るくない代理人を立てた場合にも対応すべく、音事協の歴史、契約書改訂の意義、欧米のエージェント制と比較することで、より詳しく芸能プロダクションの成り立ちから説明し、条文解説も専門性の高い解説書となっている。

「今回は契約書のひな型や従来の解説書だけでなく、もっと平易に解説した「アーティストの皆さんへ」という契約書の解説文書も用意しました。アーティストとマネージャー、さらには弁護士なども交えて、この解説書を一緒に読んでいくことで、契約内容についてもしっかり理解できるようにしました」(中井氏)

 芸能人の移籍に関する問題について、芸能プロダクション側が一定の回答を示した今回の「専属アーティスト標準契約書」。もちろん現場ではさまざま仕事が日々発生し、その都度、経費もかかり、売上も発生する。そこにはプロダクションとアーティスト双方の利害が常に存在する。そこで求められるのは、いかにして「透明性」を担保していけるか。それがいざ問題が発生したときの双方の「納得」に繋がる。この「透明性」の担保については、やはりさまざまなケースに即し、継続した議論が求められる。

(提供:オリコン)