避難生活続けながらも患者に寄り添いたい…離職者ゼロの被災病院 石川県志賀町

2024年3月20日 14:06
能登半島地震で被災した地域では、看護師など病院のスタッフの中に「仕事を辞めたい」と離職を希望する人が多くいます。そんな中、誰も辞めずに奮闘する病院があります。
 石川県志賀町にある町立富来病院。

 能登半島地震から2カ月半以上経った今も、2つある手術室は使用できないままになっています。

 元日に起きた能登半島地震では最大震度7の揺れを記録。

 3月12日時点で約1万人が避難し、珠洲市などの一部の地域では現在も断水が続いています。

 医療機関も甚大な被害を受けました。

 奥能登地域にある、珠洲市総合病院・市立輪島病院・宇出津総合病院・穴水総合病院の公立の4病院では離職者が相次いでいます。3月末時点で、合わせて65人が退職見込みです。

志賀町の病院では患者用のベッド約60床が使えなくなり、入院していた患者は病院外へ移動しました。

 現在は被害が少なかった部屋やプレハブを使い18人を受け入れる体制を整えています。
 

町立富来病院 看護師 山崎裕美さん

看護師・医師などスタッフの離職者がゼロ
 厳しい状況の中でも、働き続ける人たちがいます。

 町立富来病院の看護師、山崎裕美さん。輪島市門前地区で母と2人で暮らしていましたが、住宅の中が崩れ住めなくなりました。

「日勤の日は車中泊して、休みの日とか夜勤の前の日は金沢の姉宅に行かしてもらった。金沢から2時間以上かかって、通勤はさすがにきつかったので、2月くらいに金沢よりも近いかほく市にアパートを借りた」(山崎さん)

 多くのスタッフが被災しましたが、この富来病院では看護師だけでなく医師など、すべてのスタッフで離職者がゼロです。

「思い出したら泣いてしまうぐらいつらかった。患者さんもすごい環境になって、病院も無理なのかなと思った時に1月2日の夕方だったけど、全然知らない救助隊がわーっと入ってきてくれて、全国の人も応援に来てくれているし何とかなるんだなと。応援してくれているんだったら自分はここでちょっと踏ん張れるなって『自分たちだけじゃない』と感じて、だったらいけるところまで頑張ろうと」(山崎さん)

 全国から駆け付けた医療従事者の応援が心の支えになり、今の被災者の看護を続けているといいます。
 

町立富来病院 看護師 竹林江里子さん

地元への強い思い
 自宅が被災した別の看護師は――

「天井が落ちちゃって。階段が落ちそうで2階には行かないようしています」(富来病院 看護師 竹林江里子さん)

 竹林江里子さんは地震当時、病院にいました。

「私は病棟にいて、患者の部屋にいた。立っていられない感じになった。現実とは思えず映画みたいな世界。津波警報が出たので、患者を3階に移動させなきゃって。スプリンクラーの水が出て膝までかかるくらい水浸しになって、そのまま濡れたまま一晩病棟で過ごしたのはきつかった」(竹林さん)

 地震後は、夫と13歳の娘と3人で志賀町の実家で避難生活を続けています。

 地元への強い思いが看護を続ける理由だといいます。

「生まれも育ちも富来。この地域で、地元の人たちの看護をしたい気持ちはあって、発災して何日かはやっぱり自分もパニックになったし、金沢に出ようかなっていう思いに一瞬なったけど、冷静に考えたらやっぱりこの病院で働きたい」(竹林さん)

(3月19日15:40~放送メ~テレ『ドデスカ!+』より)
 

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