「可能性信じて」義足のアジア最速ランナー・井谷俊介 失った足に逃した夢、逆境でも走り続けるワケ

2023年9月28日 17:11
義足の短距離アジア最速ランナー・井谷俊介選手(28)。波乱万丈な人生を歩む中で、逆境を力に変えるアスリートには、陸上を通して伝えたい思いがありました。

義足の短距離ランナー・井谷俊介選手(28)

 名古屋市内にある個室サロン。

 試合が近づくと、決まってこのお気に入りの場所にやってきます。

 「散髪する前後で顔のやる気が変わるんです。リラックスできますし、髪型がバチっと決まると『よし!頑張ろう』って気合も入るので」

 究極の癒しを受ける28歳の正体は、義足の短距離ランナー・三重県大紀町出身の井谷俊介選手です。
 

お気に入りのサロンでリフレッシュ

義足のアジア最速ランナー:井谷俊介
 100mの自己ベストは11秒29、この種目のアジア記録を持っています。

 「周りから見たらハンディキャップになるんですけど、そんなものがあっても僕たちは可能性を信じてやっています」(井谷俊介 選手)

 可能性を信じ、歩み続ける裏には、人生を狂わされた2度の悲劇がありました。
 

不慮のバイク事故で右足切断

不慮のバイク事故で右足切断「恐怖でしかなかった」
 今から7年前、不慮のバイク事故に遭った井谷選手。

 右足は壊死し、切断を余儀なくされました。

 「19年間ついてきた足がなくなるわけですし、足を切る感覚が恐怖でしかなかったんですよね。手術の当日は涙が止まらなくて…」(井谷俊介 選手)
 

義足の体験会

わずか1年でアジア記録樹立
 失意のどん底から、救ったものこそ義足の体験会で出会った陸上でした。

 「自分の力で芝生の上を走ったんですよね。その時に風を切る感覚っていうのが気持ちよくて、なんとも言い表せないくらいの楽しさでしたね」(井谷俊介 選手)
 

井谷俊介選手

 事故から2年経った2018年。

 競技用の義足を手にし、本格的に陸上を始めました。

 すると、わずか1年でアジア記録を樹立。

 2年目には、世界選手権で決勝進出を果たします。

 すさまじいスピードで成長する新星は、東京パラリンピック出場も確実視されていました。
 

東京パラリンピック出場を逃す

東京パラリンピック出場も確実視も…まぼろしに
 しかし、またも運命を変える出来事が。

 コロナでパラリンピックが1年延期した間に、強力なライバルが出現。

 東京パラリンピック出場を逃し、希望の光だった夢舞台が、まぼろしとなりました。

 「東京パラリンピックに絶対に出てメダルを取るんだって、足を切った直後から思っていて、それが叶えられなかった。だいぶ悔しかったです。練習においても、日々の生活もすべてにおいて活力がないというか、ただ惰性で毎日が過ぎていくような、何も考えられない状態でした」(井谷俊介 選手)
 

愛知県豊田市のサーキット場にて

かつての夢はカーレーサー、訪れたのはサーキット場
 夢破れた年の暮れ、井谷選手は、豊田市のサーキット場にいました。

 実は、事故に遭う前の夢はカーレーサー。

 陸上に専念して以降、初めてレースに出場し、気分転換。

 義足となった右足でアクセルを巧みに操っていきます。

 「好きでやっている、楽しいって思えるのはすごく大事だと思って。陸上も好きとか楽しい、この競技をやっていて面白いっていうのが大事だなって再確認できました」(井谷俊介 選手)

 陸上に挑戦してきたのも「楽しい」と思えたから。
 
 かつての夢が、今の夢を掻き立ててくれました。
 

井谷俊介選手『可能性は広がる』

『可能性は広がる』夢に向かってもう一度アクセルを
 「東京パラリンピックはダメだったけど、まだまだパリ(2024年)であったり、その先のロサンゼルス(2028年)に夢って続いているなって思って」(井谷俊介 選手)

 一途に没頭することで、『可能性は広がる』と信じて、再び夢に向かってアクセル全開。

 陸上に明け暮れる姿は、活力に満ち溢れていました。

 「食事の節制だったり、いろんな我慢をする部分ってたくさんありますし、競技に関してもすべてにおいて、今、逆に我慢が楽しいっていうと変ですけど、競技に没頭するっていうのは楽しいですね」(井谷俊介 選手)
 

日本一に2年連続、見事な復活劇

アジア記録に自己ベスト更新!
 すると2022年、実に3年ぶりとなるアジア記録をマーク。

 2023年4月も、東京パラを争ったライバルを破り、自己ベストを更新しました。

 日本一にも2年連続で輝き、見事な復活劇を見せています。
 

パラ陸上に巡り会った原点

パラ陸上に巡り会った場所「生きていく力をもらえた」 今度は恩返しを
 月に1度、欠かさず足を運ぶ所があります。

 それが、三重県桑名市で開かれる陸上同好会。

 実はここ、7年前パラ陸上に巡り会った、原点です。

 「義足の人たちと出会ってすごく励まされましたし、元気になりましたし、義足の井谷俊介として生きていく力をもらえた場所でもあります」(井谷俊介 選手)
 

「恩返し」をする井谷選手

 人生に彩りを与えてくれた場所で、今度は恩返し。

 健常者も分け隔てなく参加できる同好会。

 無数の笑顔が、いつも初心を思い出させてくれます。

 「『上手に走れるようになった』とか聞けると、何か人の役に立ててるっていうのが実感できますし、誰かの笑顔のために行動できるっていうのは幸せなことだなって改めて実感できます」(井谷俊介 選手)
 

国立競技場で新しい形の大会が開催

障害の有無に関係なく競い合う
 9月3日、東京パラが開かれた国立競技場で、新しい形の大会が開かれました。

 「通常だと健常者とパラの選手だけっていうふうに分けられるんですけど、一切関係なく、よーいどんで一緒に走るようなレースです」(井谷俊介 選手)

 大会ポスターにも起用された井谷選手。

 スポーツを通して、垣根のない社会を目指す取り組みに賛同しています。

 もちろん、試合にも出場。

 障害の有無に関係なく競い合うパラリンピアン。
 
 まさに、無限の可能性を証明していました。

 「みんなの日常の中に義足の人がいて、特別感がなくなって、眼鏡をかけている・帽子をかぶっているのと同じで義足を履いているんだってぐらいの感覚になっているのが、良かったなって思えて今幸せです」(井谷俊介 選手)
 

義足改良中

逆境でも『可能性を信じ挑戦する』
 東京で叶わなかった夢舞台に向け、義足の改良にも余念がない28歳。

 いくら逆境でも『可能性を信じ挑戦する』、その信念を伝えたい相手は障がいがある人だけに留まりません。
 

井谷俊介選手

 「誰もが心にネガティブなことがあったり、何かを諦めたとかあると思うんですけど、誰かの勇気や希望って言ったら大きすぎるんですけど、何かポジティブにつながればと。いろんな人に感じてもらえるとありがたいです」(井谷俊介 選手)

(9月28日 15:40~放送 メ~テレ『アップ!』じもスポコーナーより)
 

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