11日判決「自分が母親でいいのか」 娘3人を殺した罪に問われている母が語った胸の内【記者の傍聴記】

2024年6月10日 19:47
2022年2月、愛知県一宮市の自宅で娘3人を殺害したとされる母親に11日、名古屋地裁で判決が言い渡される。なぜ事件は起きてしまったのか。

移送される遠矢被告

争点は「責任能力の有無・殺意があったか」
 「自分が母親でいいんだろうか」と胸中を吐露した被告。その生い立ちや、判決が言い渡されるまでの公判を振り返る。

 遠矢姫華(とおや・ひめか)被告(29)。工場で働く父と、美容師の母の間に生まれ、弟と4人家族だった。母とはあまり会話がなく、「寂しい」という気持ちを抱えていたという。

 弁護側の被告人質問によると、高校卒業後、洋菓子店に就職するも、長時間労働などがきつく仕事についていけなかった。生理も止まってしまい、3カ月ほどで退職。自宅で療養後、アルバイトを掛け持ちして生活するようになった。
 
 その後、脱毛サロンで正社員として働き、当時交際していた元夫(※事件後に離婚)との間に子どもを授かり、結婚。あわせて3人の娘を出産した。

 起訴状などによると、遠矢被告は2022年2月、自宅で長女の姫茉梨(ひまり)ちゃん(当時5歳)、次女の菜乃華(なのか)ちゃん(当時3歳)、三女の咲桜(さくら)ちゃん(当時生後9カ月)の首をコードのようなもので絞め、殺害した罪に問われている。

 5月27日に開かれた初公判では、裁判長に起訴内容について間違いがないか聞かれた遠矢被告。涙ながらに「間違いありません」と認めたものの、即座に弁護側が「客観的な事実として、3人の子どもに手をかけたことは間違いありませんが、心神喪失状態でしたし、殺意があったということは言えません」などと訂正し、無罪を主張。

 再度、裁判長から「主張は弁護人と一緒か」と確認されると、遠矢被告は「はい」と答えた。

 一方の検察側は、「遠矢被告には事件当時、精神疾患もなかったため責任能力もあるし、犯行状況などからみても殺意もあった」と指摘した。

 公訴事実については争いがなく、今回の公判は、事件当時の遠矢被告の精神状態がどうだったかという側面から、「責任能力があるか」「殺意があったか」の2つが主な争点となっている。
 

遠矢被告の自宅(愛知・一宮市)

長女出産後の「産後うつ」不安定な時期も…
 精神状態が争点となり、公判では遠矢被告の生い立ちが多く語られた。

 遠矢被告は長女・姫茉梨(ひまり)ちゃんの妊娠がわかり結婚後、元夫の実家で義父・義母・義姉・元夫の4人と生活。特に義母については、「お手本のような人で憧れていました。実母とは会話が少なったこともあって、義母とは一緒に過ごす時間も多く、嬉しかったです」と被告人質問で語っている。

 3カ月後の2017年1月に実家から近い場所にマイホームが完成し、3人で引っ越しすることに。
順風満帆に見えた生活の一方で、長女が生まれて3カ月後、遠矢被告は「子どもがかわいいと思えなくなっていたことに悩んでいた」と語った。

 心療内科では「産後うつ」と診断された。4カ月ほど通院し薬を処方してもらうも、「母乳が出ずらくなったこともあり、副作用が気になる」といった理由で通院をやめた。元夫や義母から見て、遠矢被告の精神状態は回復したように見えたという。

 遠矢被告は悩んでいた時期に、自傷行為をしたこともあったという。元夫の供述調書には「姫華の腕にリストカットの傷があった気がしましたが、あまり触れてほしくないだろうと思ったので、聞かずに母に伝えました」と書かれていることが明らかになった。

 証人尋問に臨んだ義母によると、遠矢被告はマイホームに引っ越してから、家事・育児が回っていない様子に見えたそうだ。「息子(=遠矢被告の元夫)が夕方5時半ごろに仕事から帰ってもご飯ができていなかったこと」「仕事から帰ってきてから買い物に行かなくてはならない状況だったこと」を息子(=遠矢被告の元夫)から聞いていたという。
 

遠矢姫華被告

「子育てに関してこれでいいのかな」母親として食にこだわりも
 元夫の供述調書によると、次女・三女を出産した後には「産後うつ」になった様子はなかったというが、遠矢被告は「自分がダメだと思い込む」「頑固」といった性格で、携帯で調べて見たことを信じすぎる傾向にあったという。

 「健康に対する意識は高かったです。姫華もアトピーがあったので、同じ苦しみを味合わせないよう、敏感になり、気を遣うようになりました。例えばナッツなど食べ物によっては、子どもたちに何らかの症状が出る時があって、『次からは食べさせられない』と言っていたり、ココナッツオイルを塗るなど、インスタグラムで情報収集をしていました」(元夫の供述調書)

 5月29日に行われた被告人質問でも遠矢被告はー。

弁護人「自分が(精神的に)沈んでいるとき、家事や育児についてどういう気持ちに?」
遠矢被告「『子育てに関してこれでいいのかな』という気持ちが強くなった」

弁護人「その時どうしたんですか?」
遠矢被告「スマホでレシピをこだわったり、食材をこだわったり」

弁護人「今思うと食事について気にしていた時は?」
遠矢被告「やりすぎていたと思います」

弁護人「(事件前の)1月下旬はどうだった?」
遠矢被告「家事がちょっと大変だなと。長女が通っていた保育園でコロナにかかっていた子がいたので、念のため自宅にいて、なので昼食とかも作らなきゃいけなくて、より身体にいいものを作らなきゃと思っていました」
 

遠矢被告の自宅(愛知・一宮市)

事件直前…「自分には教養がない」「もう消えてしまいたい」
 事件3日前には、元夫が午後7時半ごろ、仕事を終えて帰宅すると、遠矢被告は食器を洗いながら、声を出さずに泣いていたという。

 元夫が「どうしたの」と尋ねると、「私には勉強してなくて教養がない。日本地図のパズルを子どもに教えてあげられなかった」と答えた被告。

 さらに事件前日には、遠矢被告は実父にLINEでスクロールしないと読めないほどの長文メッセージを送った。「子どもに手をかけるわけにはいかない」「私が母親で申し訳ないと思う」「もう消えてしまいたい」などと書かれたメッセージを読んだ実父は、すぐに電話をして、話を聞いたという。

 3時間弱の長電話で、遠矢被告は実父に「時間管理ができない」などの悩みを相談した。途中で、電話が切れてしまったため、実父が電話を掛け直したところ、通話中になったため、そのままにしたという。

 そのあと、実父のもとには、「パパに聞いてもらって回復した、メンタル大事だね」と遠矢被告からメッセージが届いた。実父は証人尋問の前日に、長文メッセージを見返し「気付いてあげられなかった」と後悔の気持ちを吐露した。

 遠矢被告はこのころ、「料理を作る時に初めて作るような感覚」「洗濯物を戻す場所が分からない」などの感覚に苦しんでいたと話した。
 

遠矢姫華被告

犯行当日「子どもの喜ぶ顔が見たいー」
 そして、遠矢被告は寝られずに2020年2月10日を迎え、朝早く実父に「私やっぱり無理かも」とメッセージを送った。

 元夫は犯行直前の遠矢被告の様子をこう振り返っている。

 「後ろ向きな言葉を言おうとする姫華に急いでいたので『帰ってきたら聞く』と言って、家を出ました。顔を見ずに『行ってきます』と言ってしまいました。顔を見たら姫華は安心して、こんなことを起こさなかったのではと思っています」(検察側が読みあげた元夫の供述調書による)

 元夫は、母(遠矢被告の義母)に「姫華を見てほしい」と午前中、様子を見るよう頼んだ。遠矢被告は自宅に来てくれた義母に子どもたちを預けて、車で買い物に出かけ、普段は買わない既製品である“レトルトカレー”や“チョコレート”などを購入した。

 5月に開かれた被告人質問で遠矢被告はー。

弁護人「なんでいろいろ購入したの?」
遠矢被告「買ったものは家族の好物です。子どもの喜ぶ顔が見たかったから『死にたい』と思っていたので、最後に子どもの喜ぶ顔が見たかった」

検察側「そのあとマクドナルドのドライブスルーで、パンケーキのハッピーセットを買いましたね?」
遠矢被告「はい」

検察側「長女から『ママもパンケーキ食べて』と言われて、もらって、どんな気持ちだった?」
遠矢被告「・・・喜んでいる顔を見て『良かった』という気持ちでした」

裁判員「当時、何に一番追い詰められていましたか?」
遠矢被告「私が母親でいいんだろうか、このままでいいんだろうかと」

裁判員「なぜそう思ったんですか?」
遠矢被告「今思うと、食べ物に気を付けすぎたのと、いろんなものを子どもたちに与えたかったな」

 長女と次女がマクドナルドのパンケーキのハッピーセットを購入している動画を遠矢被告は撮影した。これが、娘3人の生存が確認できる最後の映像となった。

 その後、遠矢被告は三女・次女・長女の順に殺害。自身も自殺を図るが死ぬことはできなかった。仕事中の元夫のもとには「大好きだよ、ごめんね」というメッセージが…。元夫は急いで駆け付けると、娘3人の異変に気付き、119番通報した。
 

6月4日に行われた論告・弁論

6月4日に行われた論告・弁論
 検察側は、「真面目・完璧主義的などのいった人格を持つ被告人が育児に悩んだ末、無理心中するために3人の子どもを殺害した事であり、責任能力や殺意に問題はない」「自身の理想とする母親として生きていく自信がないなどと思い悩んで自殺を決意し、子どもたちを残してはいけないという身勝手な考えから犯行に及んだのは強い非難が妥当」として、懲役25年を求刑した。

 一方の弁護側は「重度の躁うつ病があり、『死ね』『楽になるよ』などといった声が聞こえたことで、自殺への思いが強くなり、自分が自分じゃないように感じていた」「当時、自身の行動の善悪を認識できないない心神喪失の状態で、責任能力もなく、殺意もなかったため、有罪とすることはできない」として、無罪を主張した。

 最後に、言いたいことがあるかと聞かれると、30秒以上の沈黙の後、「重大なことをしてしまって、申し訳ありません」と蚊の鳴くような小さな声で答えた。

 これまでの裁判の中で、義母が「あの子たち(娘3人)にとって大好きなママだったから」と証言すると、遠矢被告は涙を流し、目元をハンカチで何度もぬぐう姿が見受けられた。

 さらに、娘3人に日頃どんな気持ちを抱いていたのかと弁護人に聞かれると、「喜び。何でもしてあげたい」と話す姿が印象的だった。

 繰り返し“SOS”を発していた遠矢被告。

 判決は、あす、11日午後3時に、名古屋地裁で言い渡される。

(メ~テレ警察&司法担当記者 皆谷こころ)
 

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