オンブス6

オンブズ6 とは

メ~テレには、視聴者から寄せられた人権侵害や報道被害に関する問い合わせや苦情、批判に対して迅速に対応し、報道・制作の現場等に意見を述べるための第三者機関「オンブズ6」があります。
「オンブズ6」は、視聴者の皆様からの苦情に対応するだけでなく、人権侵害や報道被害に関し第三者の立場で放送に目を光らせ、被害が生じた場合は、社会通念や放送基準、各種法令に基づいてオンブズ的機能を果たしています。「オンブズ6」の「6」は、メ~テレのデジタル放送のチャンネル番号を表しています。

「オンブズ6」の委員は、大学教授の音 好宏氏、弁護士の清水 綾子氏、会社社長の九鬼 綾子氏に委嘱し、定期的に会合を開催するとともに、状況に応じて随時、社員及び社外スタッフ等に人権や放送倫理に関しての意見を述べて頂いています。

放送団体では、人権侵害や報道被害に関しては、放送と人権等権利に関する委員会が対応していますが、メ~テレでは、基本的人権を守り、正確で公正な放送をする立場から、より迅速かつ積極的、自主的に対応することが必要と判断して、2002年にオンブズ6を設置しました。

メ~テレの「オンブズ6」は、独自のもので、法的に設置されたものではありませんが、近年の捏造問題に端を発し、放送局に、より一層の自浄能力が求められる中、放送倫理の監視と是正勧告の意味を持つこの機関は、非常に重要な意味をもつものと位置付けています。

「オンブズ6」から指摘を受けた問題等は、随時、このホームページで公開します。

オンブズ6 近況

第61回 2021年9月8日(水)

前代未聞の金メダルかじり事件 ジャーナリストに求められる感度とは

議事概要

  • 河村たかし名古屋市長による「金メダルかじり事件」。非常識なパフォーマンスは、各方面から猛烈な批判を浴びる大騒動となった。現場に臨場した取材者は、ニュースバリューの高いネタと即座に判断できたのか。日頃からパフォーマンス好きの市長だからこそ、金メダルを突然かんだことも軽くとらえたことはなかったか。今回の騒動をもとに考える、ジャーナリストに求められる感度とは。

オンブズ6の意見

  • ニュースバリューに対する感覚のズレが表れた事案ではないか。メディア側は、日頃から河村市長を取材対象としていることから、今回もいつものパフォーマンスだと思い、スルーをしてしまいそうになったのでは。多くの市民が「明らかに変だ」と感じたことは、その後のSNSでの展開でも明らか。ポピュリスト政治家的な部分と市民感覚とのズレを、メディアとしてどのように扱っていくのか、取材者として感覚を常に研ぎ澄まさなければいけないということを教訓にすべきと考える。
  • たまたまそれが金メダルだったというだけで、本人の同意なくして他人の所有物を口に入れるというのは、あり得ない話と言わざるを得ない。河村市長自身が、自分の立場を勘違いしたのか、自分のキャラクターを勘違いしたのか、そこに勘違いがなければ、このようなことはできないのでは。いずれにしても、取材者は河村市長の勘違いに乗ってしまうのではなく、その場で誰か止められなかったのか、何か問題点の指摘ができなかったのか、と率直に思った。
  • ネットで炎上したから、報道として取り上げなければということではなく、取材した時点で当該行動はおかしいと問題提起ができたのではないか。河村市長自身のその後の謝罪対応には、少なからず違和感を抱いた。問題の本質がどこにあるのか、本当に理解されているのか。ネットやマスコミが沈静化すればいい、と思っているのであれば、とんでもないこと。何が許されない行動なのか、どこからがハラスメントにあたるのか。ジャーナリストとして追及することも再発防止につながるのではと考える。

相次いだ五輪関係者の直前降板 消せない過去の責任と背負い方

議事概要

  • 「いじめ」そして「ホロコーストネタ」。五輪開会式の関係者が、開幕直前に相次いで降板することとなった。この降板騒動は一部で議論をよぶこととなった。いずれも1990年代の雑誌記事やお笑いネタが、2021年になって問題視された。過去の行為と、その責任の背負い方は、果たしてどうあるべきなのか。今回の騒動は、五輪という「特別な世界」での事象なのか、あるいは「インターネットの発達でこれからは当たり前」となる事象なのか。

オンブズ6の意見

  • かつては、過ちを犯した人も、一定の償いをした後には、復帰を認めるという社会の共通認識があったはず。しかし過去の記録がずっと残り続ける現代ネット社会においては、どのように向き合っていくのか、どのような対応が理解されるのか、改めて問う必要がある。復帰を認めるか否か、どこにも明確な基準はない。他社の判断や時流におもねるのではなく、メディアは個々の事象について深く考え、当事者とも話し合ったうえで判断すべき。また、その判断については必要に応じて社会に説明することも求められる。
  • インターネットの発達で「私刑」が容易になった。ヒトの過去の言動について、時間の経過とともに記憶が薄れていくことなく、記録が消せないことを前提にした対応を考えざるを得ない社会になっている。記録が消せないとすると、何らか上書きできるような機能を持つことはできないか。本人の反省や説明、あるいはその後の生き方など、何らかの形で上書きをして、新たに世の中に出すことが必要ではないか。そうした「上書きすること」に、メディアとして果たすべき役割があるのではと考える。
  • 一度でも不適切な発言や言動をしたら社会復帰ができない、となると非常に生きにくい世の中になりかねない。降板や辞任など同様の事象が世の中で注目されると、人々が社会の表舞台で頑張ろうというモチベーションを失うのではという怖ささえ感じる。本人が反省しているのかどうか、どういう生き方をしてきたのかまで見ることが大切だと思う。「作品と人格は分けて考えるべきだ」という意見も含め、今回の騒動を機に議論を深めることが必要だと考える。

第60回 2021年6月10日(木)

実名や職業を報じる意味は 風俗店勤務女性殺害事件

議事概要

  • 2021年6月、東京立川市のホテルで、派遣型風俗店で働く女性が刃物で刺され死亡、19歳の少年が逮捕された。この事件では、被害者について報道に違いがみられた。職業と実名を伝えたメディア、職業は伏せたまま実名で報じたメディア、職業を伝え匿名で報道したメディア。事件翌日、性風俗で働く人々を支援する団体は、警察やメディアに「性風俗で働く人の実名は原則非公開に」と要望した。「実名の報道」と「職業名の報道」について考える。

オンブズ6の意見

  • 今回は「何を報じようと考えたか」により扱いが分かれた事案だ。風俗店で働いていた方が被害にあったことに重点をおいたメディアと、職業よりも誰が亡くなったかに重点をおいたメディア。ネットも含めた現状は、各メディアの報道内容を見比べると、実名と職業のすべてが分かってしまう実情がある。実名報道か匿名報道か、職業を明示するか否か、報道機関でどのような検討や配慮がなされ、最終的にどのような判断をしたのか、視聴者に丁寧に説明していくことが対応策として重要だと考える。
  • 被害者の職業を報じないと、加害者の犯行動機や背景などが伝わりにくい事件だ。事件報道が社会に伝えるメッセージは様々あるが、例えば特定の職業が危険と隣り合わせということを考える契機にするという意味も含め、メディアは報道内容を考えるべきではないか。そのうえで被害者については、プライバシーが暴かれることがないよう配慮することを、基本的なスタンスにすべきだと考える。
  • 警察は被害者の実名を含め、限りなく正しい情報をメディアに発表すべき。それを受け止めてメディアが報じる際、なぜ実名と職業がそれぞれ要るのかを考えると、今回の事件では被害者の実名は要らなかったのではと考える。但し、実名か匿名かを職業により判断するとなると、その判断は極めて難しい。情報を伏せることは、社会の不安感やデマにつながるリスクもあり、社会の安心感につながる報道のあり方を考えていくべき。

一流アスリートに会見拒否の自由は 大坂なおみ選手への罰金処分

議事概要

  • テニスの大坂なおみ選手が、4大大会のひとつ全仏オープンで記者会見拒否を表明。大会主催者は、今後も会見に応じない場合、出場停止処分とする可能性にまで言及。結局、大坂選手は1回戦に勝った翌日、大会を棄権するとともに、3年近く「うつ状態」に悩まされていると告白した。この騒動を発端に、アスリートの記者会見には「改善すべき問題があるのでは」という声もあがっている。メディアとして、記者会見のあり方について考える。

オンブズ6の意見

  • 大坂選手の扱い方は、日本と欧米のメディアで異なる印象がある。日本メディアはブラック・ライブズ・マターなどポリティカルな発言には、やや引いたスタンスで腫れ物を触るように扱うことはなかったか。映像メディアを中心として、やや片言の日本語を楽しむという取り上げ方になっていなかったか。スポーツジャーナリズムとして、彼女がどういう選手で、何が弱く、何が強みなのか、本質に迫る取材や報道がなされて然るべきと考える。
  • 世界レベルの選手に対して、記者会見で競技とかけ離れた質問攻めにする現状に、選手が苦痛に思うのはごく自然なこと。あまりにも失礼で、つまらない質問をすることが、選手をこのような気持ちに追い込んでいるのではと感じる。メディアの取材者は、質問する力、質問力を高める必要があるのでは。今後どのように落とし所をみつけていくかについて、主催者、選手、メディアが互いに話し合う機会があってもいいと考える。
  • プロスポーツ選手は、スポーツをすること自体のみならず、生き様、何を考え、どのように試合を運んだのかを含めて世間の関心が高く、その結果、スポンサーもつきビジネスになっている。一定のルールのもとの会見は、選手として応じざるを得ない。そのうえで取材する側にも、一定の程度の抑止が求められるのではなかろうか。記者会見だからと言って、取材対象者を精神的に病むところまで追い込むのは、やはり問題があると考える。

第59回 2021年3月1日(月)

女性蔑視発言を機に考えるジェンダーバランス メディアの課題とは

議事概要

  • 2021年2月、東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言で辞任に追い込まれた。五輪憲章が根本原則で掲げる「ジェンダーの平等」を、組織委トップが自ら軽んじたという批判が内外で沸騰した。世界経済フォーラムによるジェンダーギャップ指数で、153カ国中121位とされる日本。「ジェンダーの平等」を目指して、いまメディアが取り組むべきことを考える。

オンブズ6の意見

  • 今回の発言でフォーカスされたのはジェンダーについてだが、メディアとして自分たちの表現の仕方を考えるひとつのきっかけにすることは意味がある。ジェンダーの問題に限らず、出身や文化的な背景なども含め、どのように対応していくのかは、放送局には重要な課題だ。多様性やバランス感覚について常に自覚的であることが大切であり、メディアシステムとして、多様性を意識した番組作り、多様性を意識した組織作りが重要だと考える。
  • 男女の差別と同じように、LGBTの問題、さらに容貌や年齢に関わる差別も含め、配慮するテーマは様々あり、より包括的に目を向ける必要がある。今回の事案では、性差別だけをターゲットとして議論されている印象が強い。最近は、不適切な発言や表現が相次いで取り上げられているが、メディアとして萎縮することは好ましくない。制作現場の中で、表現のあり方について個別具体的に議論を重ね、考えを深めていくことは大切だ。
  • ジェンダーに関しては、多くの場合、悪いと思ってその発言をしていないところに、そもそもの問題がある。「男性らしさ」「女性らしさ」というようなものが、育ってくる環境の中で、自分が意図していても、意図していなくても身に付いてきてしまうところがある。このことが自分自身で、その問題に気が付きにくいということにつながる。また組織としても同じような人が集まっていると、より違和感が覚えられにくいとも考える。

第58回 2020年12月9日(水)

新型コロナ第3波 いまメディアに求められていること

議事概要

  • コロナ対策分科会のワーキンググループが2020年11月、差別や偏見への対策に関する提言をまとめた。報道機関に期待することとして、「ウイルスの特性に適した問題設定を持った報道」「知る権利への奉仕と感染者の個人情報保護のジレンマに正面から向き合った報道」「誤った風説に対するファクトチェック」などの役割をあげた。また、「これまでの報道について自律的に不断に検証を進めること」も重要と指摘している。メ~テレにおけるコロナ報道をもとに、改善すべきところ、留意すること等について意見交換を行う。

オンブズ6の意見

  • いまの日本におけるコロナ感染に関する差別や偏見は、なにが「正義」なのか、個々人の価値意識が両極で相当に幅があることが原因ではないか。自分の価値観以外のものを排除する、不寛容が問題だと考える。日本社会の中にある、ある種の怪しさというものが表出しているのではないか。メ~テレという愛知・岐阜・三重を拠点におく放送局がすべきことは、地元と一緒にこのことを考えるというスタンスを示していくことではないか。
  • 医療現場で働く方たちに対する差別や偏見は、非常に残念に思う。また、ほんの些細な噂やフェイクニュースで、店なり会社なりが立ち行かなくなることもある。誰が責任をとるのか、非常に難しい。地上波テレビとして、何がフェイクで、何がフェイクではないか、さらに、医師やコメンテーターの発言内容の検証も含めて、視聴者が信頼できる情報を整理して発信することが求められていると考える。
  • 事実無根の噂について、悪意を持って意図的に行うと刑事的な責任を問われる場合もあるが、悪気なく良かれと思って噂話を広げてしまった場合に法的な責任を問うことは難しく、分かり易い警告も出しにくい。具体的な事案を取材・報道することは、ファクトチェックのような機能を持ち、世の中に事実を知らしめることにつながると考える。しかし同様の潜在的な事案は数が多過ぎて、すべてに対応しきれないという問題もある。

大統領選で問題浮上 偏向SNSは民主主義を壊すのか

議事概要

  • 米国大統領選は、SNSが民主主義に及ぼす影響について大きな問いを投げかけた。ツイッター社は、トランプ大統領のツイートに「疑義がある」「危険を伴う」という警告を頻繁に発した。これに対してトランプ大統領や支持層は、「一方的な検閲」だと反発。フェイクニュースや誤情報が拡散され混乱をもたらすことは、可能な限り回避すべきだろう。一方で対処を誤ると、表現の自由をおびやかし、検閲による世論操作にもつながりかねないと危惧する声もある。ソーシャルメディアの政治利用、検閲行為のあり方などをテーマに議論する。

オンブズ6の意見

  • 今回の大統領選挙ではツイッターなどSNSで自由な発言が拡散される一方、テレビなど伝統的メディアはSNSにおける発言内容をそのまま伝えていた、と反省を促す意見もある。SNSでの発言内容に対して、どういう価値があるのか、どういう問題があるのかを報道機関の視点を持って伝えることが、伝統的メディアが本当に取り組むべきことではないか。本当にやらなければならないことは何か、という問い掛けだと考える。
  • 大統領選では、ある情報を正しいと受け止めるか、間違っていると否定するか、その判断は支持政党により真逆になる可能性があると考える。日本でも、ハッシュタグを付けることで、少数意見でも世論を煽り社会問題化させるということが散見される。現状は、ツイッターはじめSNSの利用の仕方が上手な人の意見が、世の中に拡散している。なんらかの基準を設けることは非常に難しく、いまは過渡期と捉えざるを得ない。
  • 言論の自由と、誤った情報の拡散を防止する責務は、非常にバランスがとりにくく、誰が評価して判断するのかは極めて難しい。ソーシャルメディアは影響力がこれだけ大きくなっても、あくまで私企業であり、政治的な意向を持ってはいけないということはない。仮に中身に踏み込んで判断するならば、透明性の確保は欠かせない。そのためにはどういう手順で止めるのかなど、手続き的なところで担保するしかないと考える。

知事と市長が犬猿の仲!? メディアはどう扱うべきか

議事概要

  • 「議員報酬削減や県民税削減をめぐる対応」から「あいちトリエンナーレ2019」、さらには「県知事リコール運動」まで、不仲説が取り沙汰される大村愛知県知事と河村名古屋市長。その姿を延々と見せられ続けている愛知県民や名古屋市民。両者が対立することで、住民の生活にまったく影響はないのだろうか。地元メディアとしてメ~テレは、この問題をどのように報道してきたのか。そして、これからどのように報道していくべきなのか。

オンブズ6の意見

  • 一定の行政権限を持った首長でもあり、ファクトをニュースとして伝えなければいけない。その時、地元の報道機関として考えるべきは、市民・県民にとって、どれだけ価値のあるニュースなのか。首長(政治家)の中にはオーラを出しているタイプもいて、取材者が引っ張られるケースもある。しかし、報道組織全体としては多角的な取材と冷静な判断のもと、あくまで事実に基づいた報道をすることが大切だ。
  • 知事と市長の不仲そのものは、大きな問題だとは受け止めていない。長期間にわたって、手を替え品を替え、トリエンナーレ、リコールなど、問題が続いているという印象。リコール運動は、いわゆる政治的な権利としてあり、どのような意見であっても、報道機関として検証のうえ、もう少し報道してもよかったのではと考える。但し、選挙との兼ね合いもあり、報道の仕方は非常に難しい。
  • 市長と知事の態度、行動、発言に注目が集まり過ぎて、本来の問題の所在がどこにあったのかが見えにくくなっていないか。一連の問題では、公共団体のあり方、公金の使い方など報道機関として伝えるべき根本的な問題がもっとあったはずだと考える。政治家は、メディアの持つ力を承知のうえでアピールすることもある。メディアが乗せられてしまう、一役買ってしまうようなことは避けるべきだと考える。

第57回 2020年9月4日(金)

テラハ事案から考える SNS時代におけるリアリティ番組とは

議事概要

  • 2020年5月、『テラスハウス』に出演していたひとりの女性が亡くなった。誹謗中傷の舞台となったのはSNSだが、原因を作ったのは番組に他ならない。リアリティ番組は、1990年代以降に世界的に広がり人気を博した。一方、出演者をめぐるトラブルなど社会問題化した事例も数多く報告されている。リアリティ番組というフォーマットそのものに欠陥があるというより、制作者の配慮、モラル、能力の問題なのだろうか。SNS時代におけるリアリティ番組、制作者にはどのような心掛けが求められるのか。

オンブズ6の意見

  • 放送局が、番組をリアリティショーと謳いながら、ある程度の演出は認められているタイプの番組という認識でいるのに対して、視聴者とりわけ若者の一部は、感情移入して番組を視聴しているケースが多い。つまり、放送局と視聴者の間に認識のズレがあるのではないか。また、リアリティショーの制作にあたり、放送局・制作会社・所属組織が、出演者と適切なコミュニケーションをとっていたのかは問われるべき重要な問題だと考える。
  • リアリティ番組は、視聴者の思い入れが強ければ強いほど、注目度が高まり成功するという側面がある一方、番組内での出演者の言動について、カメラを意識して感情が昂ぶることがあること、すべてがリアルではなく多少なりとも演出が加えられていることを、若い視聴者はどこまで割り切って受け止めているのか。ある意味で、視聴者としてのリテラシーが求められているのではないか。
  • リアリティ番組は、制作者が編集の手を加えることにより、出演者の現実が非現実に近づいていく。受け止める視聴者は、どこまでが現実で、どこからが非現実なのかが分からない。時には出演者に肩入れしてSNSによる誹謗中傷という行動につながることもあり得る。番組として矛盾をはらんではいても、違法性があるわけではない。人を傷つけるのは違法な誹謗中傷とは限らないので、そこがこの問題のより難しいところだ。

物差しのない広告と番組の境界線 疑念を抱かれない番組作りとは

議事概要

  • BPO放送倫理検証委員会は6月30日、琉球朝日放送と北日本放送の番組について、広告放送と誤解を招く内容だったとして「放送倫理違反があった」とする意見書を発表した。判断基準について「ガイドラインを作るのはBPOの役割ではない。BPOが指針や解釈を示したら、必要のない自己規制や萎縮を招く事態を恐れる」とした。そのうえで、民放連と民放各社が検討すべきこと、と対応を促がした。番組か広告かを峻別できる明確な物差しはない。見る人や社会状況によっても評価は微妙に違う。果たして、視聴者に疑念を抱かれない番組作りとは。

オンブズ6の意見

  • 放送局は番組種別公表制度により、教育・教養・報道・娯楽などの分類を自ら公表しているが、広告か番組かが紛らわしいと問題視されている今、放送局が「これは広告」「これはパブリシティで情報提供も含めた番組」など、自信をもって対外的に明言することを検討してみてもよいのでは。また、広告か番組かを判断する基準については、BPOに委ねるのではなく、放送局自身で決めていく覚悟が求められていると考える。
  • 明確なガイドラインがない状態が続くと、広告か番組かをめぐり放送局で同様の問題が続くことを懸念する。仮にBPOが放送局の良識に任せるというスタンスだとしても、視聴者から疑念の声があがるたび、個々の番組について都度なんらかの判断を示さなければならない。これ以上この問題が広がらないよう、広告か番組かの境界線に関するガイドラインは新たに策定する必要があると考える。
  • 具体的な指針や基準がないまま、問題に抵触しないよう控えめに番組制作するというのは、厳しい経営環境にある放送局にとっては実態にそぐわない。BPOは指針や解釈を示したら必要のない自己規制や萎縮を招くと説明するが、逆に「基準が示されないから萎縮する」という考えもあるのではないか。どこが作るのが妥当かという問題はあるが、もう少し具体的なガイドラインや指標が必要だと考える。

人種差別的と批判されたNHK報道番組 陥りがちな過ちとは

議事概要

  • Black Lives Matter. 全米に拡大する人種差別への抗議デモをテーマにしたNHK報道番組のアニメ動画が炎上。差別的な表現、ステレオタイプな暴力的描写が、黒人に対する差別と偏見を助長するとして内外から批判があがった。メディアの表象は制作する人々の意識を表す。「歴史認識の不足」「人種やジェンダー意識の欠如」だとメディアを批判する声もある。コロナ禍は世界的に民族の分断を招き、アジア人というだけで差別偏見の対象とされたことは記憶に新しい。番組制作において、陥りがちな過ちを改めて考える。

オンブズ6の意見

  • 人種というものに対する感覚が、日本人はやはり少し弱いのではと感じる。しかし、今回のコロナ禍で表に出ているように、日本でも様々な差別や自主規制に繋がる問題が根底にはある。メディアとして組織的なチェックシステムの再点検、スタッフ個々の感度をあげるためどう取り組むべきか考える必要がある。
  • テーマごとに番組制作に関わるスタッフを対象にした研修を継続的に取り組む必要がある。今回は人種差別に関する問題だったが、配慮すべきことやNGワードも時代によって変わってくる。今まではよかったけれども、これからは通用しないというケースが幾つかある。作り手同士が互いに共通認識を確認のうえ、徹底していくことが求められている。
  • 少し前だったら多少の違和感があっても大事にならなかったことが、今ではユーチューブはじめ様々なSNSによって物凄く大事になる。その影響は個別の番組にとどまらず、そのような発信を許したメディアに対する信頼にも関わる。制作者は日々感度を鍛えるとともに、組織としてもチェック機能がはたらくよう取り組むべきだと考える。

第56回 2020年6月4日(木)

拡散されるデマやフェイクニュース テレビ報道のあり方とは?

議事概要

  • 新型コロナウイルス関連のフェイクニュースが相次いだ。SNS上で拡散されたトイレットペーパーの品薄騒動は記憶に新しい。テレビ各局が揃って報じたのは、ドラッグストアの商品棚の映像、そして原材料を製造する工場の映像。アナウンサーは「品薄はまもなく解消する」と呼びかけた。それでも、その報道を見聞きして、また買い占めに走ってしまった視聴者も少なくなかったという。社会不安やパニック、デマやフェイクニュースに対して、テレビ報道はどう対処すべきか。

オンブズ6の意見

  • 世の中の神経が高ぶり、日頃より不安な状況の中で、メディアから流される情報に対して過剰に反応する空気があったことは間違いない。そんななかで、テレビの伝え方がやや情緒的であったのではないか。その情緒的な表現にずいぶん視聴者は追われたのではないか。一連のコロナ報道では、どのように冷静に伝えていくのかが問われたと考える。
  • PCR検査を積極的に進めるか否かについて、番組出演コメンテーターの意見は賛否両論さまざまで、誰の発言を信用していいのか分からなかった。緊急事態宣言の直前に遠距離バスに若者が殺到したというテレビ報道もあったが、その映像、その報道は果たして世の中の動きを正確に伝えていたのだろうか。
  • デマが拡散された背景には、コロナに対する社会全体の不安が大きいと考える。そうした不安のなか、未確認の情報をSNSで拡散している人たちの多くは、悪気なく拡散している。悪気がないと法律上の違法行為は成り立ちにくい。テレビ報道の内容も、局所的な見方で不安を煽るのではなく、視野を広げた客観的な伝え方が必要だったのではないか。

差別や偏見をなくす報道とは プライバシーを侵害しない情報提供とは?

議事概要

  • 医療従事者らが周囲の差別や無理解に悩むケースが顕在化している。京都大iPS細胞研究所長の山中伸弥教授らは、日本民間放送連盟と日本新聞協会に、差別や偏見を防ぐための方策を検討するよう求める要望書を提出。5月21日、民放連と新聞協会は共同声明を発信した。センセーショナルにならないよう節度を持った取材、報道に努めること。感染者の公表や報道についてもプライバシーを侵害しない範囲で提供する観点から議論を深めるという。感染者や医療従事者らへの差別、偏見をなくすため、目指すべき報道のあり方とは。

オンブズ6の意見

  • 医療従事者等に対する差別や偏見について、民放連と新聞協会が山中伸弥教授らと会議をしたことは非常に意味があったと考える。日本の大きなメディアの団体が協議のうえ共同声明を出したことは重要なこと。共同声明のタイミングで、新聞と比較してテレビはやや報道量が少なかったという印象を受けた。
  • 医療従事者の過酷な現場の実態等が報道されたことで、一部にみられた差別や偏見が少なくなり、最近では感謝の気持ちが国民に広がっていると感じる。その一方で、感染者の発生に関する情報については、プライバシーに配慮しつつ、信頼されるメディアが可能な限り具体的な情報を発信していくことが不安解消につながると考える。
  • 医療従事者をつぶすことは、ひいてはその地域の医療をつぶすことになり、万が一罹患した時は、自分にはねかえってくる、自分の問題だということ。誰にでも感染のリスクがあり、感染したこと自体が悪いことではない。差別や偏見がなぜダメなのかが理解されるよう、もう少し深く報道していく必要があると考える。

対面取材ができない報道の現場 求められる新しい取材手法とは?

議事概要

  • 新型コロナウイルスの感染拡大をうけ、報道の現場も様変わりしている。現場に足を運ぶ直接取材から、電話、オンライン取材が中心に。また記者会見も開かれない状況もあるという。米国ワシントンでの取材では、コロナ前から政治家たちのツイッターやホームページを随時チェックするのが当たり前だという。それに対して、日本の記者は、いわゆる「対面取材至上主義」が強いと言われる。事実を追い求め正確に伝えるというジャーナリズムの価値を担保する新しい取材手法とは。

オンブズ6の意見

  • 日本の大手メディアはかつてから対面取材至上主義を記者教育の中で続けてきた。対面取材ができなくなった時、いかに事実に近づいていくのかが、今回のコロナ報道で問われることになった。コロナ体験が、テレビのニュースのあり方、作り方に色々な意味で考えさせる局面を作ったことは確かで、そのことをニュースのクオリティを高めることにつなげていければ非常に意味がある。
  • コロナにより対面取材が難しくなっている状況において、東京高検前検事長と新聞記者による賭け麻雀が大きく報道されたのは、タイミング的にも考えさせられた。感染防止の観点からウェブを活用したインタビューは、取材される側にとっても時間を効率的に使うことができるというメリットがあると感じた。
  • これまでは夜討ち朝駆けに代表されるような、取材者の体力や家庭環境など厳しい条件をクリアできる者のみが最前線の取材者という傾向が強かったと考える。対面取材ではなく、新しい取材手法が求められる時代には、体力や環境にとらわれず、新しい感性や新しい視点をもった取材者が活躍できるようになることを期待する。

第55回 2019年12月12日(木)

表現の不自由展ドキュメンタリーについて

議事概要

  • 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画展「表現の不自由展・その後」。展示内容に抗議が殺到するなどして、開幕わずか3日で中止となり、表現の自由についての議論が巻き起こった。この事案を取り上げたメ~テレドキュメント『不自由アート~閉ざされた芸術展~』(2019年12月6日放送)の番組内容をもとに意見交換。

オンブズ6の意見

  • あいちトリエンナーレをめぐる動きが飛び火して、様々なステージで抽象度を高めて議論されている時、地元局に求められるのは、地元でどう捉えられているものなのかを取材すること。無関心という人たちも含め、普通の人たちはどう見ていたのか。そのことがもう少し語られた方が良かった。それは今の空気を提示することでもある。
  • 記録性を重視したという今回の作品は、まさに今なにが起きているかを考え作られた番組だと感じた。「表現の自由」が問題になると、検閲が必ずセットで問題になる。続編を制作するのであれば、そうした切り口で制作すると、より深みがあるものになると考える。
  • 不自由展の中止そして再開をめぐって、「これが芸術かどうか?」、「税金を使うべきものなのかどうか?」、「表現の自由とは何か?」など、時間経過とともに、問題が次々と変わり、色々な意見が出てきたという印象を持っている。そのことによりこの問題は、より混乱が増したとも考える。

『スーパーJチャンネル』不適切演出について

議事概要

  • 『スーパーJチャンネル』で2019年3月に放送された企画について、テレビ朝日は10月、不適切な演出があったと謝罪、翌11月にはBPO検証委員会で審議入りとなった。取材ディレクターが数人の知人を、初対面の客と装って取材したとされているが、同様の事案を未然に防ぐため、どのような取り組みが必要かをテーマに意見交換。

オンブズ6の意見

  • フリーのディレクターが勝手にやったでは済まされない。このような状況を放送界で作っていることが問題だ。制作現場の中でうまくコミュニケーションができていないから、こういう事案が起こる。ある種の心理的亀裂が起こしているのではないのか。放送局の人たちは、制作会社の人たちが、どのように取材・制作しているのかを感じとることが大切で、まさにそれがコミュ二ケーションだと考える。
  • 企画VTRを1本作るのに、どれだけの時間が取材者に持たされていたのか、時間的にタイトで余裕のなさが、ヤラセにつながってしまったのではないか。時間と人と予算をどのように使うかは難しい。ある意味、故意犯だと思うので、こう考えている人を、どうチェックしていくかは非常に難しい。
  • 業務用スーパーで来店客にインタビューと言っても、どのような取材ができるかは分からない。企画者が、個人として買いに来る客がいたら面白いに違いないという程度の考えをもってインタビューに行ったとすると、そこに相当の無理があったのでは。そのような取材手順では、ひとつもエピソードが拾えない可能性がある。

第54回 2019年9月17日(火)

表現の不自由展・その後 中止事案 いかに報ずるか

議事概要

  • あいちトリエンナーレの企画展「表現の不自由展・その後」が、開幕直後に中止に追い込まれた。「歴史問題」「表現の自由と政治介入」「芸術とは何か」「ネット社会の病弊」など論点は様々。地元メディアとして、この問題を、どのような視点で、どのように報ずるか。

オンブズ6の意見

  • 行政が資金を援助する文化的な表現の空間に、行政のその時のトップの思惑が入り易い状況が生まれてきているとすれば、非常に由々しき事態。大上段からの議論ではなく、ディテールも含めてファクトを丁寧に積み重ねて、少し継続的に取材していくことが、名古屋のメディアとしてできること。このテーマは名古屋のメディアが問われている。
  • 「公共の福祉」という言葉の「公共」が、まるで「行政」のように取り扱われているようで、非常に危ない。政治の介入を許してしまうミスリードに使われかねない。「公共の福祉」という言葉を出して、この不自由展ができないものではないともっていくのは論理的におかしいのでは。
  • 最近は、ネット上の意見、匿名の攻撃が行き過ぎている。今回の展示で芸術監督を務めた方の講演会が、今回の事案に端を発した反対意見によって中止させられることに繋がったという事実は、恐ろしいことと感じる。

京アニ放火事件 身元公表は異例の展開

議事概要

  • 京都アニメーション放火殺人事件の犠牲者について、京都府警によると35人中20人の遺族は実名公表を拒否、府警の判断で全員の氏名をメディアに提供したという。テレビ局は犠牲者全員を実名で報じた。また今回、報道各社は、遺族への取材が集中するメディアスクラムを避ける取り組みも行なった。同様の事案にメ~テレが直面したらどう対応すべきか。

オンブズ6の意見

  • 遺族およびその関係者について、現場の記者たちが凄く丁寧に取材しようとしても、非人道的な取材だと攻撃にさらされる状況が続いていた。伝統的メディアの無謬性を言うのではなく、取材する者として非常に悩んでいるという過程を含めて社会に提示することが非常に大切だと考える。
  • マスコミ各社が協議のうえ代表者を決めて遺族に取材するというステップを踏んだのは非常に良いことと考える。実名の取り扱いについて、捜査機関は原則、報道機関に対して公表のうえ、公表された実名を報道するか否かの判断は報道機関に委ねるべき。
  • 今回の場合、実名報道がなされたことで、亡くなられた犠牲者がどんな仕事をして、どんな影響を社会に与えたのか、もう一度考え直すことができた。それが犠牲者に対するひとつの弔いになると考える。

情報番組での出演者不適切発言 コメンテーターの選び方

議事概要

  • 生放送の情報番組で、コメンテーターの発言に対して批判の声が相次いであがった。放送後にネットで炎上、番組側が謝罪する事態にも発展した。こうした事案を受け、コメンテーターの人選について様々な意見があがっている。果たしてコメンテーターはどう選び、番組側はどうさばくべきなのか。

オンブズ6の意見

  • ローカル局の番組も、昨今は東京から著名なコメンテーターを連れて来るケースが多い。コメントができる人を育てる、一緒になって育てていくということを、特に名古屋くらいのサイズのテレビ局であれば取り組むべきでは。
  • コメンテーターの中には「タレント枠」と「文化人枠」があり、「文化人枠」で出演している教授たる人が、切り取られて間違えられるようなコメントをしたことで、教養人として適切でないというレッテルが貼られたケースだと考える。
  • コメンテーターが専門外の話題に対して基礎知識もないまま感想だけを発言する。それは危ういことだと考える。コメンテーター側にしてみると、少し炎上気味の発言をするとすぐに叩かれ、それ以降の番組出演がなくなる。テレビ局のあり方として少し疑問に思う。

第53回 2019年6月4日(火)

長野放送の番組、BPO審議入り「CMと識別しにくい番組」

議事概要

  • 長野放送が3月に放送した番組が「番組か広告か曖昧だ」との指摘を受け、BPO放送倫理検証委員会で審議が行われることになった。当該番組は1社提供の持ち込み番組で、番組内容と提供社が求める内容のバランス、持ち込み番組に対する放送局の事前考査のあり方などを論点に意見交換。

オンブズ6の意見

  • 広告部分と本編部分の切れ目がはっきりしないまま、放送局の考査がどのように処理をしたのかが気になった。「ニュース女子」ほどイデオロギー的な部分は強くなく、冒頭に政府の主張、その延長線上で働き方改革、最後は提供社のセミナーについてのコマーシャルになっている。どこからはコマーシャルで、どこまではコマーシャルではないのか、基準が以前より曖昧になっており、考査の力量がより問われる状況にある。
  • 最近はテレビでも雑誌でも、記事と広告の区別がつくよう明示されているケースが多い。当該番組には、そうした表示はなく、スポンサーの思い通りに放送番組が使われたということであれば、放送局としての事前チェックに問題があったのではと考える。
  • 今回のケースは、当該放送局が事前チェックを怠った可能性があるのではないか。今後、類似した事案が出てきた場合、どのように判断するかが大切。ひとつだけの情報に偏ることなく、複数の情報を紹介するなど、色々なやり方はあると考える。

読売テレビのニュース番組、「人権感覚の欠如」とコメンテーター激怒

議事概要

  • 読売テレビのニュース番組が取り上げた企画が、出演コメンテーターから「人権的配慮に欠けた不適切な放送」だと放送中に批判を受けた。当該放送局は、取材協力者に謝罪するとともに、番組ホームページで謝罪コメントを掲載するなど対応に追われた。放送前のチェックに問題がなかったのか、またコメンテーターはじめ出演者への事前説明がどうだったのか、この事案の問題点を探る。

オンブズ6の意見

  • VTRを受けるスタジオは、しばしば予定調和になりがちだが、当該コメンテーターは自分の感覚でストレートに番組内で意見を述べた。制作スタッフやアナウンサーが、その状況にどう対処していいのか、適切にハンドリングができなかったことは反省点だと考える。
  • 取材対象者が放送してもいいと言ったからといって、それを放送していいのかは別の問題。健康保険証という極めてプライベートなものを、モザイクをかけたとしても映像にして見せるということが、制作者として感覚がずれていると言わざるを得ない。
  • 番組で芸人が素人をいじるケースはしばしばあるが、今回は正直それほど深刻な印象を持たなかった。むしろコメンテーターが、生放送でしっかりご自分の意見を発言されたところが非常に興味深かった。生放送の番組としてテレビの醍醐味にもなるのではと感じた。

第52回 2019年3月13日(水)

憲法改正国民投票運動の放送対応 残された課題

議事概要

  • 民放連の考査事例研究部会が、「CMの取り扱いに関する考査ガイドライン」の最終文案をまとめた。内容は「広告主」「出演者」「CM内容」から「CMの受付」まで多岐にわたる。考査のあるメディアとして視聴者からの信頼を守るため、個々の放送局が取り組むべき課題とは。

オンブズ6の意見

  • 国民投票に求められるのは自由闊達に意見をたたかわせること。その意味から放送局による考査は、民放連によるガイドラインは留意しつつ、やや幅広に対応することが重要。メディアが多様化しているなか、インターネットと放送の違いのひとつは考査があること。地上波テレビの考査は厳しいが、厳しいことがポジティブに評価されるようになることが大切。
  • 一般的に子どもはクリーンなイメージがあることからCMにも使われがち。未成年者が出演するCMは放送局の考査の際、厳しくチェックしていくことが必要。18歳19歳は、民法上は子どもでも選挙上は大人にあたる。この年齢の子どもたちがどう使われていくのかは留意しなければいけないと考える。
  • 放送局によってCM放送可否の判断が分かれた時、広告主から放送局にクレームが寄せられないか心配する。どのように判断するのか、基準をしっかり持つことが必要になってくる。例えば「自衛隊」の映像も、被災地での救助活動の映像を使う場合、船舶の上に乗っている映像を使う場合では、視聴者の印象は大きく異なる。

不適切動画投稿相次ぐ 拡散する者たちの正体とは

議事概要

  • 大手飲食チェーン店やコンビニなどで「バイトテロ」と呼ばれる不適切動画の投稿が話題となっている。「SNS上で目立ちたい」といった動機から行う従業員の個人的な投稿なのか。不適切動画を拡散する者たちの正体とは何か。また、この種の非正規従業員による不祥事の大半は「低賃金や劣悪な労働環境への不満」が動機では、という見方も一部にある。

オンブズ6の意見

  • 一部の若者による不適切行為は昔からあったが、そのような行為を撮影した動画がテレビなど伝統的メディアにも乗って社会に出ていくことに対する予測はどうなっているのか。この話題をテレビがニュースにするのであれば、今の社会の中でこれが起こっていることはどういうことなのかを問うニュースにすべき。
  • 高校生や大学生など仕事というものを十分にはしていない人たちの仕事というものに対する捉え方の教育、SNSというものの教育を誰がどうやっていくのかという問題。モチベーションを上げながら、組織の一員としてやっていくことについて導いていくことが大事。まさに労務管理の問題だと考える。
  • 労働環境への不満があるから不適切な動画を撮ったという論調には違和感を覚える。また採用した時点で、その人がバイトテロのような動画を出すことは、絶対に企業側では判断がつかないと思う。また、こうした事案の報道では、炎上することに対してナーバスになり過ぎている側面もあると感じる。

女性蔑視からセクハラ批判まで 広告炎上の背景

議事概要

  • 「セクハラ防止ポスター」、「女性ドライバー向けキャッチコピー」、「女性誌の見出し」など、様々な広告に対して女性蔑視やセクハラとの批判が相次いでいる。なぜ今、同じような炎上騒ぎが繰り返されるのか。はたまた過剰反応なのか。こうした事案を伝える側の報道機関として改めて襟を正すべきことはあるのか。

オンブズ6の意見

  • 女性蔑視やセクハラと受け取られないよう配慮しつつ、もう片方で新たな別な表現はないのか、ということを問うような状況を作るにはどうすればいいのか。この流れのままでは、表現をどんどん狭くしていく危険性がある。放送はどういうプロセスでこのような表現をしたのか説明したがらないが、もっと説明した方がオーディエンスを味方につけられるのではないか。
  • 官公庁や世界進出企業など「べき論」を言わなければいけない場合は配慮すべき。一方で特定の層をターゲットにした現実路線であれば、ポリシーを持ってやればいい。報道機関は、ある程度バランスをみて伝えなければならず、偏りがあってはいけないと考える。
  • 様々な事象で、女性に対するセクハラや蔑視のラインが非常に曖昧だと感じる。逆に女性から男性に向けられる様々な差別用語も耳にするが、そのようなケースは周囲に笑われることはあってもセクハラや蔑視と扱われることはないのが現実。

第51回 2018年12月18日(火)

再免許と番組審議会のあり方について

議事概要

  • 2018年秋、地上基幹放送局の再免許にあたり、「視聴者からの意見を十分に聴取できる体制を確保するとともに、その意見の番組審議機関への報告や、番組審議機関における議事概要の公表に積極的に取り組むこと」という要請が総務大臣から各放送局に通達された。「番組審議会」は放送法で定められた組織でありながら形骸化しているのではという指摘も一部にあるが、どこに課題があるのか。放送倫理の監視や是正勧告を目的とした「第三者機関」や「放送倫理・番組向上機構(BPO)」との関わり方も含めて意見交換。

オンブズ6の意見

  • 重大事案に直面した場合、番組審議会が的確に機能することは極めて重要であり、そのため番審委員には分析能力など様々な資質が求められる。また苦情を含め視聴者意見を番審で積極的に取り上げ、放送局がみずからチェックしていることを対外的に示していくことは、放送局にとっての自律という観点からも重要である。
  • 放送番組の充実向上のため、番組審議会という組織を効果的で上手く活用できるよう工夫の余地はあると考える。
  • 番組審議会委員は相応しい能力や知見をもっていることが必須であり、委員委嘱の基準を明確化するなどの課題がある。放送法で定められた番組審議会の議論の内容と、放送局が任意で組織するオンブズ6等の第三者機関での議論をお互い交換、共有することが重要である。

「イッテQ!“でっちあげ疑惑”」事案から考える

議事概要

  • 週刊誌報道を端緒に日本テレビ制作のバラエティ番組に “でっちあげ疑惑”が浮上している。日テレは「誤解を招く表現があった」としたうえで、企画コーナーの放送を当面休止のうえ、制作のあり方を再点検すると説明している。問題発覚直後、視聴者からは番組を擁護する声も多く上がった。一方で、視聴者との暗黙の了解、越えてはいけない一線を越えたと非難する意見もある。今回のケースはバラエティ番組における演出として許される範囲なのか否か意見交換。

オンブズ6の意見

  • 「芸人が体を張っておもしろい現象を起こしていることは事実であり、フィクションか、がっかりしたと思う人はいない」というのが、今の作り手たちの感覚なのかなと思った。若干そこに甘えた節があったのでは。また、日本のテレビ制作者はわざわざラオスまで来てお金を撒いている、日本のテレビ番組はそういうレベル、と東アジアの中で感じられてしまっている典型で、日本のテレビ文化の貧困さを感じて悲しい気持ちになった。
  • 制作者は、アジアの地域や文化に対して尊敬の念を欠いていたという気がする。すなわち「上から目線」の番組制作になっていた。ロケの失敗や不成立も隠さず、バラエティ番組なりにもっと面白く演出できたはずなのに残念だ。
  • 報道番組にウソがあってはいけないことは論を俟たないが、一般視聴者はバラエティ番組に対して報道番組ほどの厳しさを求めておらず、織り込み済みで見ている。もちろん制作者が、そうした考えに甘えて、いい加減に制作することは許されることではない。

第50回 2018年9月27日(木)

憲法改正国民投票に関する放送対応について

議事概要

  • 憲法改正が発議され国民投票が行われる可能性が高まっている。これまで経験したことのない国民投票に向け、正確に民意が反映されるよう、メディアには国民が主体的に行動し意思を表明するための材料を提供していくことが求められている。投票直前の「意見表明」は規制対象外とすべきなのか、「虚偽情報」「不正確情報」は放送前の考査で十分にチェックができるのか等、様々な課題について意見交換。

オンブズ6の意見

  • 広告主が求める放送内容について、放送局の考査が的確に分析および判断ができるのかが問題。考査のあるメディアと考査のないメディアがあるが、考査のあるメディアは価値が高いということを、どのように提示できるかが問われている。
  • ソーシャルメディアが広がり、誰もが発信する意見により情報を操作できる世の中にあり、投票に際しての意見表明はどうしても結論を左右しかねない。その意味から投票直前の意見表明は、規制対象に入り得るものという感覚をもつ。
  • 憲法改正は日本の行く末、方向性を決めるもの。バラエティ的な情報番組も含め誰が何を発言するかにより一般市民は影響を受ける。事前に冷静な議論が必要であり、そのような場の提供をマスコミには期待している。

被害者報道の現状と今後について

議事概要

  • 犯罪被害者の実名や顔写真についてのメディア報道に対し、被害者側から匿名要請が寄せられるケース、視聴者や読者が疑義や拒否感を訴えるケースが目立つ。また、取材記者自身がSNS上で実名やプライバシーをさらされ標的化されるなど、ジャーナリズムが危機に直面している側面も見逃せない。実名報道そして被害者報道の向き合い方に関して情報共有のうえ、議論を深める。

オンブズ6の意見

  • 被害者への配慮が一定程度できつつ、取材も一定程度深堀りができた、というものをベストプラクティスとして報道機関で共有することが重要ではないか。今の時代状況にあわせた具体的な事例を積み重ねていくということ。
  • 被害者やその関係者に、知る権利や報道の使命を正面から訴えても相手の心にはなかなか響かない。なぜ実名や顔写真の報道が必要なのか、その報道がなぜ人権を守ることに役立つのかを、取材者が真摯に説明することが大事だと考える。
  • 被害者が実名や顔写真の報道を望まないのであればメディアは配慮すべき。加害者およびその周辺への取材についても、今はインターネットで検索すると個人に関する様々な写真や情報が入手できる時代でもあり、報道する側には取材の仕方の配慮など考えなければならない部分は多くある。

<第49回 2018年4月5日(木)>

「政府による放送法4条撤廃案の検討」をめぐる事情について

議事概要

  • 安倍政権が検討している放送制度改革の方針案が3月中旬に明らかになった。テレビやラジオ番組の政治的公平を求めた放送法の条文を撤廃するなど、規制を緩和し自由な放送を可能にすることで、新規参入を促す構えだとみられている。民放テレビ各局のトップらは、放送と通信のルールを一本化する内容に「民放の解体につながる」などと危機感を口にしている。この時期に放送制度改革が検討されることになった事情や背景について意見交換。

オンブズ6の意見

  • 2017年2月、BPO放送倫理検証委員会が選挙をめぐるテレビ報道について「政治的公平は量的公平ではなく質的公平」という意見を出したこと。また2017年10月、安倍総理がみずからインターネットテレビに出演したこと。このふたつが契機となって放送制度改革が検討されることになったという見方がある。
  • 規制改革推進会議における議論に対して、水面下では番組審議会や集中排除原則などをあげ放送局に関する規定をどうするか検討されているという情報がある。もし本当にそうだとすると、放送を規定するものがなくなってしまうので、NHK以外はインターネットテレビと同じ、つまり民放は要らないということになる。
  • 安倍総理は「産業界には放送局以外に放送をやりたい人がたくさんいる。だから、そういう人たちに開放すればよい」と言うが、その根拠がどこにあるのかがわからない。すごく疑問に思う。
  • 放送法で定めている「政治的に公平であること」「報道は事実を曲げないですること」は、実は本当に難しい。メディアの影響力は大きく責任も重い。この点について議論を深めていった方がいいと思う。

第48回 2017年12月19日(火)

MXテレビ放送番組に対するBPO委員会決定と当社番組考査の現状

議事概要

  • MXテレビ「ニュース女子」に対してBPO放送倫理検証委員会は、制作会社が制作して持ち込んだこの番組には複数の放送倫理上の問題が含まれており、そのような番組を適正な考査を行うことなく放送した点において、MXテレビには重大な放送倫理違反があったと判断した。この決定および持込番組に対する番組考査のあり方についてメ~テレの現状も併せて意見交換。

オンブズ6の意見

  • 当該番組は出演者がある程度は好き勝手な発言をすることを売りにするタイプの番組という印象を持っていた。今回の題材が沖縄基地問題ということもあったのかも知れないが、BPOがニュース性の高い観点から番組内容をみて偏見ありと判断したのは、やむを得ないと考える。
  • 番組内容は確かに偏っている印象を受けるが、この事案に対してBPOが「重大な放送倫理違反」とまで判断してしまうと、番組制作における縛りが今後きつくなることが懸念される。放送における公平性は大切だが、一方で番組ごとに様々なスタンスをもつことも重要だと感じる。
  • 主としてインターネットで流す番組に対して考査のあり方はどうあるべきなのか考えさせられた事案。さらに当該放送局では果たして番組審議会がどのように機能していたのか疑問を感じた。仮に同様の事案にメ~テレが直面した場合、番組審議会やオンブズ6がどのように機能すべきか、また持込番組に関する考査が緩むことなく適正に機能するために必要なことは何か、社内で検討しておくべき。

第47回 2017年7月7日(金)

都知事関連報道に関するBPO委員会決定について

議事概要

  • フジテレビが2016年5月に放送した情報番組で、舛添東京都知事(当時)の政治資金流用疑惑を取り上げた際の取材について、夫人と子どもがフジテレビに対して執拗な撮影で肖像権侵害を受け、放送場面は都合よく編集して視聴者を欺くものと申し立てた事案。BPO人権委員会は、肖像権侵害は認められない、放送場面についても放送倫理上の問題があるとまではいえないと判断した。そのうえで視聴者に誤解を生じさせないため工夫の余地はあったとした。決定には結論を異にする少数意見が付記された。このBPO決定について議論。

オンブズ6の意見

  • 公人に対する取材の際、プライベートである家族や未成年者が撮影時に画面に入ってきた場合、どのように対応すべきか考えさせられる事案。映像になるものとかニュース的な音になるものとかに引っ張られずに編集・放送することが重要。
  • 委員会決定では、事前に取材依頼を試みるべきだったとされている。取材対象や撮影時間等、配慮すべきことはあるが、事前に依頼をしないが故に明らかになることもある。そこには醍醐味があり、事前依頼なしに撮影するのは、ひとつの取材手法だと思う。
  • 今回の都知事関連報道に限らず、最近の様々なニュース報道で、編集などにより主語と述語の違う報道がなされているのではと感じることがある。視聴者に対して印象操作のようなことに繋がっているのではないかという危惧をおぼえる。

第46回 2017年4月6日(木)

BPO委員会決定に対する組織としての対応

議事概要

  • 2017年2月、NHKのSTAP細胞特集に関してBPO放送人権委員会が「勧告」として名誉毀損の人権侵害が認められる決定をくだした。これに対してNHKが意見表明、放送局側とBPOの意見が対立した。BPO決定に対して、放送局の組織としての対応のあり方について議論。

オンブズ6の意見

  • 「BPOの決定が出ると現場は萎縮する」という意見があるが、本当に萎縮するのか。仮にメ~テレが同様のケースに直面した場合、オンブズ6という組織を持っているのでBPOと意見が違うことは十分起こり得る。放送局の自主自律、視聴者とどう向き合うかに関る問題。
  • NHKが意見表明したことを、放送事業者は重く受け止めるべきだ。BPOと放送局とで意見が分かれることもあり得る。今回のケースが、次のステップを考えていく機会になればよい。
  • 視聴者の立場から考えると、放送に関する人権のチェック機関はあるべきで、いい緊張感が生まれていると思う。BPOの意見に対して放送局が意見表明できるような空気になっていった方が健全だと思う。

放送は萎縮しているのか?~BPOシンポジウムの議論をもとに~

議事概要

  • 2017年3月、BPO放送倫理検証委員会の記念シンポジウムが開かれた。テーマは「放送の自主・自律~放送と放送人、そしてBPOのあるべき姿を考える」。パネルディスカッションでは、放送局の萎縮の問題に話題が集中した。

オンブズ6の意見

  • BPOで出た決定に対して、放送局は番組審議会で確認をするのがよいのではないかという発言があった。放送局がBPOの意見を受けるだけでなく、放送局が自ら目の前の問題とどう向き合うのかということを考えられる状況にしておかないといけない、という問題意識が感じられる発言だった。
  • 視聴者か、権力か、何に対する萎縮なのか。権力に対して忖度や自粛をして当たり障りのない放送をしてしまうことがあれば大きな問題。公権力に対する萎縮がもしあるとすれば、放送局として排除していって欲しい。
  • 放送内容が視聴者の意見や空気に対して忖度されているところも少なからずあると思う。クレームをいう人が必ずしも多数派ではないこともある。クレームがないようにという放送局の配慮によって、視聴者として本当に知りたいことが放送で伝えられなくなるのでは、という不安がある。

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