佐藤 裕二

PROFILE

ニュースの時間

東海豪雨から6年

「どうしてーっ?」。法廷に女性の悲痛な声が空しく響きました。今年1月31日。名古屋地方裁判所。吐く息は白く底冷えのする真冬の朝、裁判所前には傍聴希望者の長い列が出来ました。注目の裁判。その判決はわずか10秒で言い渡されました。「原告の請求をいずれも棄却する」。
2000年9月11 日。「東海豪雨」で名古屋市天白区野並地区が浸水したのは名古屋市の水害対策に落ち度があったとして、住民ら726人が市を相手どり約7億7000万円の損害賠償を求めた裁判。名古屋地裁は住民らの請求を全て棄却しました。判決では、「野並地区に雨水が集中する恐れがあることを名古屋市は認識できた」としながらも「東海豪雨は500年から1000年の一度の未曾有の雨で、事前に予測して対策を取ることは不可能」と市の責任を否定しました。
500 年、1000年に一度。確かにあの日、名古屋は見たこともない豪雨に見舞われました。夕方から強くなった雨は更に激しさを増し、まさに滝のような勢いのまま降り続けました。至る所で、水没し乗り捨てられた車も見られました。名古屋市では夕方6時6分からの1時間で97ミリという猛烈な雨。1919年(大正 9年)7月18日の1時間92ミリという記録を81年ぶりに更新し、愛知県内で7人が亡くなりました。

あれから6年。野並の街を歩きました。「今でも雨が降ると怖い。雨がやむとほっとするんだよ」。この地で20年うどん店「みぶうどん」を営む壬生三男さん(69)は話します。64歳の奥様はあれ以来、体調が優れません、雨の日は胃がキリキリと痛むといいます。あの日、店を襲った濁流は水位190センチに達し一階部分は完全に水没。商売道具である釜、冷蔵庫、食器、テーブル。すべて沈みました。被害額は約300万円。名古屋市からの見舞金は2万5000円、愛知県からは1万円。2週間後には営業を再開できました。しかし、あの水害で野並を離れてしまった住民も多く、あれ以来、売り上げは2割減のまま。うどん 360円。カレーうどん390円。地元の人たちのために「安くて、うまい」をモットーに店を続けてきたご夫婦は「もう一度、水が来たら、もう店を続ける気力は無い」とつぶやきました。

約37億円をかけて建設されたポンプ所の故障で被害が拡大した野並地区。裁判では「天災」と判断されました。壬生さんは言います。「私ら一人一人では何も出来ん。弱いんだわ」。とてつもない天災から身を守る術を我々市民は知りません。だからこそ行政に守って欲しい。そう願うのです。