スタッフの一言

日々スポーツ取材に励むメ~テレスポーツ部スタッフ。そんな彼らが取材先で感じたことをつづります。

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一時代の終わり

2009/12/22

今回の担当者

一つの時代に終わりを告げる瞬間がとうとう訪れた。「どうなるか分からないですけど、これだけ真剣に滑ることはまずないと思います。」
そう涙ながらに話した男…ショートトラックスピードスケートの寺尾悟選手。34歳のベテランが語る事実上の引退宣言だった。
5度目のオリンピック出場をかけた全日本選手権で寺尾選手は初日、1500メートル6位。続く500メートルは7位と成績が振るわなかった。
男子の代表枠はわずかに3。初日を終え、トヨタ自動車の後輩である高御堂雄三選手と吉澤純平選手(とらふぐ亭)が早々に代表内定を勝ち取っていた。
残る枠は1つ、もう後がない。
2日目の1000メートルで全てが決まる。寺尾選手は「1パーセントでも可能性がある限り戦う」と前を向いた。
しかし、この大会で筆者は何度も寺尾選手が顔を歪めている姿を見た。これまでの取材で見たことがない、本当に苦しそうな表情だった。
去年の全日本選手権で12度目の総合優勝、そして大会5連覇。バンクーバーオリンピックへのプレシーズンに眩いばかりの栄光を掴んでいた寺尾選手が一転、
今年2月のワールドカップ遠征で左足首の脱臼骨折。懸命なリハビリで4月に復帰したが、思うような調整は進んでいなかった。
34歳のベテランに押し寄せる焦り、日本ショートトラック界の第一人者として圧し掛かる重圧は相当なものだったはず。
それでも10月の全日本合宿では「やっぱりスケートが好きだから。」と笑顔で筆者に話してくれた。
11月のスポケン!に出演して頂いた時には「トヨタの後輩たちと一緒にオリンピックに出る。」と熱い眼差しで語ってくれた。
そんなことを思い返しながら「寺尾悟、復活」と祈るような想いで2日目の1000メートルを筆者は見た。
迎えた1000メートル準決勝。序盤は先頭に立ち、心の中で「いける!そのままいってくれ!」と呟いていた。
残り3周。事態が一変する。明らかに状態がおかしい。コーナーの出口で大きく膨らみ、次々と後続にかわされていく。
どんどん小さくなる後輩たちの背中に何を思ったのだろう。寺尾選手の5大会連続のオリンピック出場が夢と消えた。
レースを終え、苦しい表情の寺尾選手を筆者は見られなかった。その後行われたB決勝はリンクサイドにいたが見なかった。いや、見たくなかった。
観客から拍手、ミックスゾーン(取材エリアの事)へと向かう寺尾選手に握手を求める人々。日本のトップとして大きな役目を終えたベテランが堪えきれずに涙を流していた。
「あちこち痛い中で続けてきましたけど、一つの区切りにしたいなと。もうこんなキツい態勢でもうやりたくない。」
気丈に話す男の姿にまた心を打たれた。気がつけば17年もの間、日本のトップとして君臨し続けた男は常に走り続けていたのではないか。
「オリンピックでの勇姿を見たい」そう思う筆者の気持ちは未だ変わらない。でも今は極限まで追い込んだ肉体をゆっくり休めてほしいと思う。
バンクーバーオリンピックへは寺尾選手の熱い魂を引き継いだ男子3名、女子5名が日本代表として大舞台に臨む。
そんな彼らに優しく、そして愛情いっぱいの温かい言葉でエールを送った寺尾選手。本当にお疲れさまでした。

ディレクター:Y


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