2013年5月29日(水) 深夜1:59~2:54放送
 
「つちおと ~沈まぬ鍛冶屋魂~」
 
 

愛知県設楽町。ダムの建設計画が進む奥三河の山里に鉄の音色が響いていた。
安藤義久さん83歳。現役の鍛冶屋。昔ながらの製法にこだわり続ける刃物作りの匠は、土日も休まず鉄と向き合ってきた。
「まだまだ不満ばかり。少しも良いと思っちゃおらんの。一生懸命やるだけ」。
一日に一丁しか作ることができないという包丁は、プロの調理人が信頼を寄せる極上の仕上がり。
丁寧な仕事は口コミで広がり、全国から注文が舞い込むようになった。
しかし、安藤さんは約60年営んだ鍛冶屋の看板をおろすことを決めた。
今から40年前に国が発表した設楽ダムの建設計画で、安藤さんが住む八橋地区一帯は水没予定地に入った。
すでに8割以上の住民が移転を決め、近所にも空き地が目立つようになった。もうこの地に長く留まることはできない。
さらに去年の秋、妻・愛子さん(83)が足に痛みを訴え、杖が欠かせなくなった。限界集落の暮らしは不便になるばかり。
安藤さんは、悩み抜いた末、長男一家が暮らす豊田市に夫婦で移り住むことを決めた。
「仕事をやめたらじきにボケるよ。じきにボケて病院行くだ。死ぬまでずっとここにおりたい」
生き甲斐だった鍛冶屋の仕事を失う寂しさ、83歳で見知らぬ地へ引っ越す不安…。
すべてを吹っ切るかのように、安藤さんは最後まで懸命に金槌を振り続けた。
「楽しかった。思い残すことはない」。
安藤さんは今、移転先の町でどんな暮らしを送っているのだろうか。
ダムに沈む町で、ひたすら鉄を打ち続けた職人の姿を追った。

 
 
 
スタッフのつぶやき