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2010年12月

2010年12月27日[月]

「再起」

「ピッチャーとしてチームに恩返しが出来なかった事が悔しいです。
でも打者として球団からチャンスを頂けたので、とにかくもうやるしかないです」
今シーズン終了後、球団から打者転向を言い渡されたのは、
プロ3年目の赤坂和幸選手。
さらに支配下登録から育成契約への変更もあり、本人がどんな気持ちでいるのか筆者は気になっていました。

赤坂選手といえば埼玉・浦和学院高校時代に投手兼通算58発を放った
超高校級のスラッガー。
07年のドラフト当時、ほとんどの球団からの評価は「打者・赤坂」が圧倒的だったのに対し、赤坂選手自身は「ピッチャーとしてプロで勝負したい」と言い続け、
その気持ちに応えたのが中日でした。
3年間での一軍登板はルーキーイヤーだった08年、中継ぎとしてわずかに1試合。準地元(赤坂選手は神奈川県出身)の西武ドームで1イニングを投げたのを最後に
今年、赤坂選手の投手人生は静かに幕を下ろしました。

「本当に一番の思い出ですね、あの登板は。(打者転向を)言われた時は正直、
何も考えられなかったです。すごく落ち込んだし、もうダメかなって…
でも色々な方に声をかけてもらって、もう一度バッターとして恩返ししようと
気持ちを切り替えられました」

結果として「投手・赤坂」で開花する事は出来ませんでしたが、
飛距離の出るバッティングで再起を誓う赤坂選手。
かつて井上一樹2軍監督も投手から野手転向で華開いた経験の持ち主。
そんな大先輩の下で来シーズン、赤坂選手のプロ野球人生は再スタートを切ります。

ディレクター:Y

2010年12月21日[火]

「ピクシー監督」

もう年の暮れですね。
皆様にとってはどんな1年でしたか?
僕個人にとっては印象に残る1年でした。
バンクーバーに始まり、夏の高校野球では中京大中京が甲子園ベスト8。
そしてドラゴンズとグランパスは共にリーグ優勝を勝ち取り、
フィギュアスケートでは村上佳菜子選手が大ブレイク。
さらにフットサルの名古屋オーシャンズは首位を独走・・・・・
東海地区のアスリートが大活躍の1年でした。

個人的に最も印象に残ったのが
グランパスの優勝特番でアーセナルのベンゲル監督からのコメントを
ストイコビッチ監督が見たときのリアクションでした。
ベンゲル監督は英語で祝福していましたが最後に日本語で「オメデト」と言ってくれました。
すかさずピクシーは「ニホンゴウマイネ」とコメントし、スタジオは大爆笑!!
コメントの巧さはもちろんながら、
周りも巻き込んで楽しい雰囲気を作る度量の大きさ、
改めて世界的なスーパースターのカリスマ性を感じました。

きっとこのピクシー監督の人身掌握術がチームを初のリーグ制覇に導いたのでしょう。
今年のチームはクラブ史上最強のチームだったと思いますが、
それだけに非常に個性の強い選手が集まっていました。
その選手たちを束ね、同じベクトルに向かわせたことは本当に大変な仕事だと思います。
来年は2度目のACLが待っています。
リーグ制覇の次はアジア制覇となるのか、来年も楽しみは尽きません。

ディレクター:M

2010年12月06日[月]

「さすがです!」

少し前の話になりますが、11月10日にドラゴンズの秋季練習がスタート。この日は井上一樹新2軍監督の船出の日でもあり、取材に行っていました。冷たい風が吹きつけるなか、手取り足取り若手を熱心に指導する井上監督。

練習も終盤に差し掛かった頃、竹田基起アナウンサーが井上監督に話を聞くことに。この日はカメラマンと一緒に取材に来ておらず、小さいカメラを僕が回していました。

「ふ化しかかっているのに、なかなかその殻を破れない選手がいっぱいいるわけです。そういう選手にはもちろん手助けしますし、ある時には殻をこっちが破ってやるというような感じでやっていかないと。厳しくはしますけど、僕のスタイルというのは基本的には変えるつもりはありません。厳しい練習のなかにも、みんなが大声で笑えるような楽しくなれるような雰囲気も絶対必要です。」など力強く指導方針を語る井上監督。

なるほど!と思いながらカメラを回すその一方で、いつものような冗談がなかなか聞けないなーとも感じていました。


しかし竹田アナの質問が終わると…


「おい!齊藤!なんだその小さいカメラは!結婚式用のお祝いメッセージを撮るんじゃないんだからさ~」と一言。


さすが井上さん。
監督になってもユーモアたっぷりで笑わせてくれます。

アシスタントディレクター:S