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アナウンサールーム


四季の栞日本に住むということは、四季を生きるということ。 新緑の草木が美しい夏に、銀白の世界に包まれる冬。 カラフルな花のつぼみが目覚める春に、木々が眠りにつくため茶色に染まる秋。 そんな四季がある日本に生まれたことがとても幸せです。 四季の移ろいを感じながら毎日を過ごしていますか? 何をせずとも季節は巡っていきます。 忘れたくないこともある。過ぎて欲しくない時もある。 そんな日常に栞を挟むように、日々の暮らしを大切に忘れないでいたいという気持ちから綴る、四季の栞です。

【戦後70年】わたしの祖父

2015/05/01

中央にいるのが私の祖父。私は右端(2歳くらい)です。

新年度、「UP!」で
「しおりの戦後70年」という企画がスタートしました。
第一回は、私の祖父の戦争体験を取材しました。

祖父は、私が生まれた時から左腕がありませんでした。
「戦争で切った」とは聞いていましたが
実際にどんな戦闘だったのか、
戦争で何をしたのか、
詳しい話は聞かないまま、
祖父は6年前に他界しました。

祖父から直接話を聞くことは出来なくなってしまいましたが、
今回、取材を進めていくと
意外にも、祖父にまつわる写真や資料は
沢山残されていることが分かったんです。
残されているのに、埋もれてしまっているものが多くあることにも気づきました。



祖父は昭和12年9月、上海に上陸し
すぐに戦闘に加わりました。
夢中で銃を撃つ最中、
近くで手榴弾が爆発し
その破片が腕に刺さって
左腕のほとんどを切断することになったんです。

負傷して帰国した祖父は
二度と戦地に戻ることはなく、終戦を迎えました。

戦後、祖母と結婚し、5人の子どもをもうけ、
そして、私が生まれました。

祖父に祖母、父です。

祖父は、厳しい人でした。
それは、腕をなくしたことで、「人に負けたくない」という気持ちが強かったんだと思います。
「出来ないこと」を腕のせいにしたくない。
だからこそ、自分にも厳しかったし、人にも厳しかったんだと思います。

戦争がなかったら、どんな人生だったのか。
戦争を生き抜き
左腕を失ったことで、
祖父の人生は大きく変わったことは確かです。


腕をなくしたことで、
ひょっとしたら、「戦死するより辛い」と思ったことも
あったかもしれない。
戦友のことを想い、眠れぬ夜を過ごしたこともあったかもしれない。

それでも、強く生きてきてくれたことに、
心の底から感謝したい気持ちになりました。

そして、今の平和の「奇跡のような幸せ」を
実感することが出来たんです。

私達は、戦争を知らない世代です。
でも、日本は確かに戦争を経験しました。
それが一体、どんなものだったのか。
それを知る必要はあると思います。

今年、皆さんと一緒に考えていけたらと思っています。