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2005年のいわゆる「郵政選挙」。当時の小泉総理が、「郵政民営化」法案に反対した自民党内の「造反組」の選挙区に、対抗馬である「刺客候補」を次々と送り込み、「劇場型の図式」を作って、任期4年の国会議員を選ぶ選挙を「郵政改革に対する国民投票」とした。中でも岐阜1区は「造反組」として無所属での出馬を強いられた野田聖子衆議院議員と、「刺客候補」として党公認を得た佐藤ゆかり衆議院議員による「女の戦い」の要素が加わり、「小泉劇場」の象徴として各メディアの取材が殺到した。結果は、自公連立与党が3分の2を超す圧倒的多数となった。岐阜1区では野田議員が逃げ切ったが、佐藤議員も比例で復活当選し、選挙後も「女の戦い」が続くことになった。佐藤議員が岐阜に降り立った日から、ちょうど900日後の今年2月、自民党本部は、佐藤議員を東京5区に国替えさえ、野田議員を岐阜に残すという、郵政選挙とは「矛盾に満ちた結末」を導いた。『あの、選挙はなんだったのか?』、そして『我々は真実を伝えられたか?』「女の戦い」を追い続けた500本を超す取材テープの再検証と、岐阜市の現状、そして「人々に刻まれた教訓」から、「郵政選挙」が意味するものを、丸3年たった今改めて問い直す。 |