アスリートドキュメント
スポーツの素晴らしさは夢に向かって挑戦しつづけるアスリートの素晴らしさ 密着取材でアスリートの真実の姿を描き出します
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中日ドラゴンズ・石井裕也

2005/04/23放送

〜心に響く歓声〜

中日ドラゴンズ、ルーキー石井裕也。4月17日阪神戦。本拠地・ナゴヤドームでの プロ初勝利。「これからも応援を宜しくお願いします」鳴り止まない『イシイ』コールは、 確かに彼の耳に届いていた―
  石井は生まれつき左耳が聴こえていない。『感音性難聴(かんおんせい)』音を感じる 部分(内耳)に障害があり、小さな音や言葉を聞き分けることが困難である。右耳に 補聴器をつけ、わずかに聴こえる音を聞き分け、言葉を理解する。石井の両親は幼い頃 から会話の訓練をさせ、言葉でコミュニケーションが取れるよう、育ててきた。そんな 石井を支えたのは、小学2年の時に始めた野球。少年はいつしか、プロ野球選手を夢見る ようになる。
 やがて石井は、野球の実力を開花させる。横浜商工高校時代は、2年の春からエース となり、その奪三振の多さから『サイレントK』の異名をとった。ドラフト候補にも 挙がるが、指名はされず。でも石井は夢をあきらめなかった。社会人チーム・三菱重工 横浜では、5年目からエースとして活躍。プロ注目の左腕として成長を遂げる。
 2004年11月ドラフト会議。中日・落合監督が直々に石井の名を挙げ、6巡目の 指名。こうして石井に、『プロ野球選手』という夢への扉が開かれた。当初はプロ入りを 反対していた両親も、石井の強い気持ちを後押しするようになった。
 「ストレートで三振を獲れるピッチャーになりたい」入団会見でそう話した石井の プロ初登板は、4月13日広島戦。3対3の同点で迎えた6回。大事な中継ぎの マウンドを託される。バッターはこの回先頭のベテラン前田。石井のプロ第1球―
 ライトスタンドに突き刺さる、手荒いプロの洗礼。だが石井の気持ちがひるむことは 無い。2度目の登板は4月17日阪神戦。1対0と阪神リードの場面でリリーフ。 ランナーを背負いながらも、7回、8回を無得点に抑えると、その裏、福留の 2点タイムリーで逆転。最後は岩瀬が締め、石井は念願のプロ初勝利を手にした。
  初勝利の翌日。「ヒーローインタビューは嬉しかったですけど、お立ち台に立つのは、 もう二度とやりたくないですね」「自分では泣いてないと思います」恥ずかしがり屋の 石井は、静かに言った。「声援が聴こえて、感謝しています」
 幼い頃からの夢を、強い気持ちでかなえた中日ドラゴンズ、石井裕也。これからも さらなる夢を追う。そんな石井の心に、歓声は響き続ける。
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