高校野球2010

  

アナウンサー日記

07/30[金]
「一心同体。」(記:倉橋 友和)
[愛知大会 決勝 中京大中京 7-2 愛知啓成]

倉橋 友和

「一心同体。」

全国最多、愛知188校の頂点に立った中京大中京。
昨年のセンバツから4季連続の甲子園出場を決めた。
周りから見ると順風満帆の道程に思える。しかし…

全国制覇を成し遂げた前チームから受け継いだ「十字架」。
そして春に襲った、主力選手の相次ぐ故障。

主将・磯村嘉孝も、その例外ではなかった。
「センバツ終わった後に、勝てないかも…という不安があった」と振り返る。

「甲子園の優勝旗を、みんなで返しに行こう!」
チームが強くあり続けることができたのは、
今年で20年の指導者生活に終止符を打つ大藤敏行監督、
そして選手が抱いた一つの思い。

その結果、逆境を乗り越、26度目の愛知代表を勝ち取った。

「まだ野球をやらせてもらえるなんて…親孝行ですね。
とくに3年生達には、ありがとうと言いたい。」
今まで、どんな勝利も涙を見せなかった名将の目に、
熱いものが込み上げていた。

07/29[木]
「歴史を刻んだ82人」(記:佐藤 裕二)
[愛知大会 準決勝  愛知啓成 5-2 栄徳]

佐藤 裕二

「歴史を刻んだ82人」

準決勝の試合前、いつものように全員で円陣を組んだ。
部員全員82人。
大河内将キャプテンが呼びかけた。
「今日も全員一丸となって戦おう。スタンドのみんなの声が
僕たちに力をくれる。お願いします!」
全員で天を指差し雄叫びを上げた。
全員が笑顔だ。

創部19年目。
初めての準決勝進出。
ここまで全試合逆転で勝ち上がってきた。
4番の河野竜太郎(3年)は「今日も後ろにつなぐだけ。全員で点を取る」
と誓った。
先発した角岡生悟(2年)の帽子のつばには
「one for all,all for win」
と書き込まれていた。

この日も全員で戦った。
夢の甲子園まで、あと2つ。
壁は、少し高かった。

試合後、相手チームに千羽鶴を渡しにいった。
大河内キャプテンは、仲間たちに呼びかけた。
「みんな、笑えよ」。

愛知啓成に託した、抱えきれないほどの千羽鶴は
栄徳高校硬式野球部の歴史に新たな一歩を刻んだ
82人の夏の証だ。

07/28[水]
「包まれているのは・・・・想い。」(記:井上 裕衣)

井上 裕衣

「ちょっと、ちょっとー、と思ったけど嬉しかった」
と照れ笑いを浮かべた、いなべ総合の若松マネジャー。

監督のあと胴上げされたのは彼女でした。

いなべ総合唯一の3年生マネジャー。
お父さんとお兄さんの影響で昔から野球が大好きだったそうです。

この夏、みんなが持っているお守りは彼女一人で作ったもの。
その数、約70個。なんとか全員分を間に合わせました。
実はこのお守りの中には折鶴が入っているとのこと。

目標、「最後の夏、絶対甲子園に行く」。

形にして手渡した彼女の想いは、きっと選手たちにも伝わったはずです。

07/27[火]
「康思園」(記:鈴木 しおり)

鈴木 しおり

「康思園」

今年2月。
春の訪れを待たず
一人の球児が、グラウンドから天国へと旅立った。
徳浪康介選手。愛工大名電、当時2年生のピッチャー。
宿舎から、市内にある学校へと向かう
およそ10キロのランニング中。
交通事故に遭った。
病院に運ばれたが、翌日、息を引き取った。

選手全員が持つお守りには、「康思園」の文字がある。
「康介を思う、甲子園」と。

一緒に闘った夏。

でも、思いは叶わなかった。
甲子園に行けるのは、たったの、1校。
愛工大名電にも、夏の終わりがやってきた。

小学校から徳浪選手と仲のよかった、キャプテンの谷口雄也選手。
徳浪選手の写真を抱きながら、試合後、勝利を掴んだ東邦高校へ、こうエールを送った。
「康介のために、絶対に甲子園に行ってくれると思います」

勝ったチームは、敗れたチームの思いを背負う。
愛知188校全員の夢。
その思いを受け取り、全国の舞台で躍動する姿を見せてくれるのは
一体どの学校になるのだろうか。

07/26[月]
「エースナンバー10」(記:佐藤 裕二)
[愛知大会 準々決勝 愛知啓成 6-3 東邦]

佐藤 裕二

「エースナンバー10」

大会前、渡された背番号は10だった。
東邦のサウスポー、上村勇太。
本当は1が欲しかった。
同じ3年生の芳賀洋亮が付けた。

迎えた夏。
仲間たちが次々とマウンドに上がる。出番は回ってこない。準備は万全なのに。
早く投げたい。思いは募った。

準々決勝の前夜、先発を告げられた。この夏の初登板。
出番が来た。
相手はうってつけだった。
愛知啓成。

昨夏、背番号1を背負い臨んだ準々決勝で敗れた相手。

あれから1年。
ユニホームの背中には10。
「肩がぶっ壊れてもいい。絶対に勝つ」。
リベンジを誓った。

思いが強すぎたか、球が上ずった。
速球を打ち返された。

最後の夏は、
90球で終わりを告げた。

涙が止まらなかった。
でも上村は、一言だけ力を込めた。
「東邦の背番号10を背負えて、誇りに思います」。

07/25[日]
「4回も喜びを分かち合えた夏」(記:竹田 基起) 
[愛知大会5回戦 中京大中京 10-0 豊橋東(5回コールド)]

竹田 基起

「中京とやれて本当によかった。」
試合後、豊橋東のエース・菅沼卓徒(3年)は言った。

去年秋の大会の後、フォームを変えた。監督からのアドバイスだった。

サイドスローへの転向。

小4からピッチャーをしてきた。それなりにプライドも、自信もあった。 譲りたくない気持ちも、もちろんあった。

でも、それよりも、勝ちたかった。

努力して努力して、やっと新しいフォームを自分のモノにできたのは、 夏を目の前にした5月に入ってからだった。

ワクワクしてマウンドに上がった中京大中京戦。打たれた。 もう少し、この仲間と野球がしたかった。

休みの日も一緒にいるくらい本当に仲が良かった、3年生16人。 最後に、菅沼はこう言った。
「みんなとここまでやれたことが誇り。4つも勝てて最高でした!」と。
それまで泣いていた菅沼の顔に、笑顔が広がった。

07/24[土]
「最高の夏、最高の笑顔」(記:倉橋 友和)
[愛知大会4回戦 中京大中京 15-0 長久手(5回コールド)]

倉橋 友和

4回裏、中京大中京のスコアボードに15点目が刻まれる。昨夏、全国の頂点に立った伝統校が容赦なく襲い掛かる。だがその時、マウンドにいた長久手のエース・中靍(なかつる)智也(3年)は白い歯を見せ、笑顔を浮かべていた。「今までは気が短く感情を表に出していたが、チームの雰囲気づくりを考えて」この夏は1回戦からマウンドで笑顔を貫き通した。その甲斐あって、去年は初戦敗退だったチームを誰にもマウンドを譲ることなく4回戦まで引っ張ってきた。しかし「堂林、河合を擁していた去年よりは可能性がある」と思っていた相手に力の差を見せつけられた。「とくに3番・森本、4番・磯村には圧倒され腕が振れず・・・でも全力は尽くしました!」。3年間の高校生活で身につけたものは「根気強さ」。自信溢れる背番号「1」は最高の笑顔で球場を後にした。

07/23[金]
「豊橋球場で、また土方に会いたい」(記:佐藤 裕二)
[愛知大会4回戦 愛工大名電 10-3 豊川 (7回コールド)]

佐藤 裕二

身長166cm、小柄な主将は気丈だった
試合終了の瞬間、選手全員が崩れ落ちた。

しかし、主将の土方健人は「早く並んで挨拶しよう!」とみんなに呼びかけた。
涙をこらえた。
グラウンドを後にするとき、堤防が切れた。

新チームになって主将に選ばれた。72人の大所帯、重圧だった。
どうすれば、みんなが元気を出してくれるか。
どうすれば、みんなの調子が上向くか。
悩み眠れぬ夜が続いた。

しかも「自分が一番下手なのに・・・」。

とにかく、声を出した。
周りも支えてくれた。

愛工大名電に大きくリードをゆるした7回、土方のかすれてしまった声がグラウンド中に響く。
「最後の最後まであきらめるな!」
サードキャンバスの横、土方の姿が大きく見えた。

豊川高校のユニホームを脱ぐ今、もっとこのチームでキャプテンを続けたかったと思う。
そして、新たな夢も芽生えた。
またいつか、豊川のユニホームに袖を通したい。

今度は監督として。

 

07/22[木]
「恩返し」(記:堂野 浩久)
[愛知大会3回戦  岡崎商業 7-1 蒲郡]

堂野 浩久

「恩返し」

「もう野球をやめてもいいんだよ?」

家族からの言葉だった。

蒲郡高校の4番・今瀧亮輔は1年生の時に右足の太ももを骨折。
手術後、足にはボルトが埋め込まれ、それから1年半
まともに練習することが出来ない日々が続いた。

それでも今瀧は、毎日1時間以上かけて学校に通い、野球部の練習に参加した。
それは心配をかけた家族、そして支え続けてくれた仲間に恩返しするために。

金子監督は言う。
「彼は失った1年半を取り戻すために誰よりも練習した。
精神的にもチームの4番は彼しか考えられない。」


そして迎えた最後の夏。

今瀧はグラウンドで全力で走った。
仲間と一緒にプレーできる喜びを噛み締めながら。

「ケガばかりの3年間だったけど、今思い出すのは仲間の笑顔なんです。
支えてくれた皆さんにありがとうと言いたいです。」

そして最後に、

「写真を撮るならみんなと一緒がいいです。」

仲間に支えてもらった3年間。
いつも一緒だ。

07/21[水]
「間に合った『Wエース』」(記:倉橋 友和)
[愛知大会2回戦 誠信 11-3 時習館、3回戦 誠信 9-2 春日井(7回コールド)]

倉橋 友和

「間に合った『Wエース』」

去年の夏、初のベスト8入りを果たした誠信。その快進撃の立役者であった田代陽哉、岩田寛大(ともに3年)の両投手が今年もチームを支える。

初戦(2回戦)は、愛知トップクラスの実力とも評される、右サイドスローの田代が完投勝利。「絶不調だった」と振り返ったが、「去年より格段に質が上がった」という威力あるストレートを武器に、相手に的を絞らせないピッチングを披露した。

一方、昨夏は背番号「1」を着けた岩田はこの1年、激しい腰痛に悩まされ、明らかな練習不足。しかし久々の実戦登板となった3回戦、田代の活躍に刺激されるようにコールドゲームを完投で締めた。

「肩が壊れてもいい」と、この夏にかける思いを抱く田代にとって、何よりも頼もしい岩田の復調。創部19年目の夏。「Wエース」のフル回転で、誠信が打倒・強豪校に燃える。