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松井秀の『心の五線譜』

全然腕はあがりませんが、楽譜と“悪戦苦闘”しながら、少しずつ楽器の練習をするのが、もっぱら最近のストレス解消です。
そんな私が、普段何気なく心に浮かんだ“メロディー”を書いていきます!

街歩きの楽しみ(2)

2012/01/17

名古屋市中区富士見町界隈

去年7月のブログで、メ~テレ周辺について書きましたが、今回はその第2弾です。

メ~テレから数分北東に歩きますと、「富士見町」というところに着きます。
名前の通り、ここから以前は富士山が見えたということなんです!
確かにこの場所は、名古屋の熱田台地の東縁にあり、ここから東の方面は見晴らしがよかったんだろうということはわかりますが、現在は「えっ、ここから富士山が見えたの!?」と思ってしまうほど、周りにはビルが立ち並び、往時の面影はありません。
実は、葛飾北斎の「富嶽三十六景」のひとつに、「尾州不二見原」からの富士山の景色が描かれており、この「尾州不二見原」が、メ~テレ近くの現在の富士見町に比定されています。この北斎の浮世絵はおもしろく、桶屋さんが大きな桶を作っている様子が描かれているんですが、その桶の向こうに白い富士の山頂が見えています。

ですがですが、どうも調査によると、名古屋から富士山は物理的に見えない(南アルプスなど手前の山に遮られるため)ようで、北斎の浮世絵に描かれているのは、南アルプスの「聖岳」(長野・静岡県境)ではないかという説があるようです。
確かに他の三十五景が関東や甲信、駿河、遠江あたりで、この「尾州不二見原」だけかなり離れている印象があります。これも、謎といえば謎ですね。

いずれにしても、名古屋からは今も御嶽山なども望めますし、当時は3000m級の山々が見える、景色のいい街だったのは間違いないようです。

大須商店街の大提灯

さらに、北に歩を進めますと、繁華街「大須」の町に出ます。
名古屋人にはおなじみの「大須観音」の門前町として発展してきましたが、今はパソコンショップや若者向けのショップが増え、私の小さい時分と比べると、若い人たちが随分増えたなあという印象です。

この「大須」という地名が、もともとあった地名ではないというのは、あまり知られていないのではないでしょうか。
実は、この地名は、岐阜県羽島市の「大須」という地名から来ています。この羽島市の大須にあった「大須観音」さんと呼ばれていたお寺が、今の名古屋の大須の地に移ったことで、この地が「大須」と言われるようになったとのことです。
以前出演していた「Let’s ドン・キホーテ」という番組で羽島市大須を訪れたことがありますが、まさに「大洲」というとおり、ここは長良川と木曽川にはさまれた地域にあり、以前は度々洪水の被害に見舞われたそうです。
今の名古屋の「大須」は台地上の市街地にあり、故地の印象と言うのは微塵も感じられません。

地名の由来って、なかなかおもしろいものですね。
皆さんのご近所にも、地名の興味深い起源があるかもしれません。
一度、ちょっと調べてみてはいかがでしょうか。


Jの灯

2011/12/15

 

JR岐阜駅前にて

 

今シーズンのJリーグが終了しました。
グランパスは惜しかった!しかし、シーズン当初の過密日程とけが人続出の中、最終節まで優勝の可能性を残したのは、さすがグランパス。地力を感じさせました。
ホームで終了間際に引き分けに持ち込まれたあのゲームでそのまま勝利していれば。。。と悔しい思いもありますが、今後の天皇杯、さらに来季のJリーグ、ACLと期待はふくらみます。

一方、メ~テレ放送エリア内のもう一つのJチーム・J2のFC岐阜は完全に沈みました。シーズン中から最下位に定着。京都で行われた最終戦も取材に行きましたが、ミスからリズムを崩し自滅するという今シーズンを象徴するようなゲーム内容で、最後までチームに光明を見出せずに終わってしまったという印象が残りました。

今年はシーズン当初からクラブ自体のドタバタ感が伝わってきました。
前監督の突然の退団から強化部長予定者の監督就任、胸スポンサーの撤退-
FC岐阜は2010年初め「J1昇格3ヵ年計画」を発表し今年はその2年目にあたっていて、計画ではリーグ戦で6位以内に入るということになっていたんですが、さて、そんなクラブの状況下でも実際のゲームでチームは結果を出すことができるんだろうか-
結局、どのチームも競争に打ち勝とうと日々強化を進めている中で、現実は甘くはなかった、いや大変厳しいのだということを思い知らされる結果に終わりました。

最終節・京都戦後の監督会見で木村監督が、結果を出せなかった自分が言うのは僭越ですがと、前置きした上で、こんな内容の話をしました。
-おそらく岐阜は、Jの中でも練習環境は一番下だろう。これを誰も変えようとしなかった。プロとしてのあるべき姿つまりプロとしての最低限の環境や待遇というものについて、これからFC岐阜は、ここに真剣に目を向けていかなければならないと思う-
実は、倉田前監督も話を聞くたびに、「プロとしての最低限の設備・環境というものがあると思うんですよ」(つまりそういった面でプロのレベルにない)と木村監督と同じようなことを言っていたのをそのとき思い出しました。

今年については、クラブ首脳も結果について経営の責任であると話しています。つまり、問題はすでに明らかになっているわけで、来季それをどう克服するのかです。クラブの現状を見る限り、今年度の赤字のため去年発表した「J1昇格3ヵ年計画」が白紙になったことよりも、来季からはJ2とJFLとの自動入れ替え制度が運用される見込みで、まずは「J」の舞台に居続けられるのかどうかということの方が喫緊の課題のように思えてしまいます。

古い話ですが、1995年ベンゲル監督率いる名古屋グランパスのキャンプ取材でフランスを訪れました。その際、オセールという街を取材しました。小さな街ですが、フランスリーグ・ディビジョン1に所属するクラブがあります。この「AJオセール」は、何十年とチームを率いるギー・ルーという名将が指揮をとり、ビッグクラブではありませんが上位に食い込んでいましたし(後にリーグ制覇をしました)、カントナ、ブランといった代表選手も輩出しています。また当時パリなどの大都市のサッカー場に若い女性は行かなかったようですが、オセールには若い女性のサポーターが応援にかけつけるんだということも聞きました。街のスポーツバーで店の人やサポーターを取材していると、ふと車で通りかかった若者がバーの前で停まりました。「彼は、オセールの選手よ」と店の女性スタッフがチームの写真を指さして教えてくれました。その選手はサポーターたちと楽しく会話をした後、去って行きました。

応援するチームが強くあってほしいというのは誰もが願うことです。ただやはり資金力のあるビッグクラブが上位に入ってくることがどうしても多くはなるでしょう。では、ビッグクラブでなければ魅力はないのでしょうか。そんなことはないと思います。
チーム一丸となって気持の入ったゲームを見せてくれる、選手一人ひとりが勝利に向かって最後まであきらめずに懸命にプレーしてくれる-実に単純なことを言っているようですが、そんな姿が私は美しいと思いますし、それに感動します。もちろん、プロとして勝っていかなければいけないのは当然ですが、決して強豪チームではないけれど、そういった姿をゲームで表現してくれるのなら、スタジアムに人は集まってくるような気がします。

FC岐阜が、毎試合違う「長良川劇場」が見られるような、わくわくするゲームをする、魅力のあるチームであってほしい。
そして岐阜がいつまでも「Jリーグのある街」でありますように。

長良川名物「サンサンデッキ屋台村」!


忙しい日々の中で。。。

2011/11/16

この1カ月、あちこちに出かけました(仕事ですよ)。
東京に2回、そのほか京都、愛知県豊橋に2回、さらにFC岐阜の取材&中継で岐阜にも数日出かけました。
さすがに少々体にも負担がきまして(年ですからね)、
私の場合、いつも疲れると、口の周辺に吹き出物ができるんですが、
案の定、10月下旬にはそのお決まりの吹き出物が出現!
ちょうどニュースや「メ~テレオンブズ」の出演のときに重なってしまい、
見事にその顔がOAされてしまいました。

ビタミン不足が原因なのはわかっていまして、
いつもビタミンBのサプリメントは常備していますし、
ビタミンCも、ちょっと体調がよくないときは服用するようにしています。

それと、疲れたり忙しかったりする時に大事なのは、「心」のビタミンです。
以前少々追い込まれてしまった時期に、ある人からアドバイスを受けました。
「感性を忘れないようにな」

そうなんです。
大変になると、それまで当り前のように日常感じられていたことが、実感できなくなる。
むしろ、大変な時にこそ、感性を大事することでいつもの自分を取り戻すことが必要なんでしょう。

ということで、このところ、すっかりご無沙汰だったピアノにまた向かっています。
以前そらで弾けていたものが途中パタリと手が止まってしまう瞬間は悲しいものがありましたが、
改めて楽譜を見ながら順に追っていくと、体が覚えていたんでしょう、だんだん自然に以前のように動きだしていくのは不思議でした。40過ぎてから始めたピアノですが、人間まだまだこの年だって、学んで覚えていけるものですね。

あと、「三日坊主」って、いい意味で使われませんが、
「Let’s ドン・キホーテ」で一緒に仕事をさせていただいた中本賢さんから聞いた言葉があります。
「三日坊主って悪い意味で言うけど、三日間でも夢中になれるなら、いいんじゃないかな!」

私も、今はすっかり「三日坊主」是認主義で生きております!


メ~テレいよいよ50歳! パート2

2011/10/14

3代目社名ロゴのローマ字版(1987~)

メ~テレ「50周年記念期間」について、
昨日「トピックス」のコーナーで紹介しました。

私の個人ブログでは、ちょっと変わった50周年記念を記しましょう。

メ~テレの正式名称は、「名古屋テレビ放送株式会社」です。
2003年から、「メ~テレ」という愛称で親しまれるようになりました。
この社名ロゴは、名古屋テレビ放送としては4代目のものということになります。

というところで、好事家の私は、今は公にはお目にかかることはなくなった1代目から3代目のロゴを社内に残っていないか、調べてみました!

すると、ありました、ありました、私が入社したとき(1988年)のロゴを発見!
(当時ニュースフロアで使用されていたホワイトボード。今は別の部署で連絡ボードとして使用されています)
当時は、番組の終わりに出される「制作著作~」の表記も、このローマ字表記となっていましたね~。
なつかしい。

初代社名ロゴ(1962~1969)

そして、技術さんにお願いして機材庫をのぞかせてもらったところ、
初代ロゴを発見!
(マイクスタンドに貼られていた社名シールですが、さすがにもうこのスタンドは使用していないとのことです)

2代目社名ロゴ(1969~1987)

そして、2代目も発見!
このロゴは、名古屋生まれの私にとって、小さいころから大変親しみのあるものです。
「機動戦士ガンダム」が放送され、「グリーンキャンペーン」が展開されていたときのロゴです。
(音声用ケーブルをまとめる「マルチボックス」に貼り付けられていました。これはまだ現役で使用しているとのことです。)

いやー、これこそ「温故知新」であります!?

ということで、50周年を迎えるメ~テレに、ますますご期待下さい!


ソウルフルな満月の一夜

2011/09/15

「Lucky Man」(左、1993)と「HELLO TOMORROW」(2010)

憧れのDave Kozさんのライブに行ってきました!
このブログでも以前書いたことがありますが、アメリカの人気サックス奏者です。
年に一度来日するかどうかというアーティストですから、何ヶ月も前から日程をチェックしていました。

とにかく、最高でした。
よくあれだけステージを動き回ってサックスが吹けるものだなと思うぐらいのアクションと、さらにブロウしながらのあの豊かな表情!サックスのメロウな音色やメロディとともに、ずっしりと1曲1曲が胸に心に響きました。

ステージ中のMCで、Kozさんは東日本大震災にも触れました。(その部分は日本語で話してくれました)
そしてそのあとに、私が以前から大好きだったバラード「Faces of the heart」を、ステージから降り客席の中で演奏してくれました。(「Lucky Man」所収)



あの大震災で尊い命が奪われ、特に同世代の子供を持つ親として、あの大川小学校の悲劇について思うときなど、本当に胸がつぶれるような辛く悲しい気持ちになります。
また、ごく最近同級生の訃報に接し、「人の命」について改めて沈思させられたところでした。



Kozさんのサックスが奏でるメロディが、そんな気持ちを慰めてくれているようでした。
そして、改めて「優しさ」や「愛すること」、「信じること」の大切さを教えてくれているようにも思えてきました。

1曲でここまで色々感じ入ってしまって、何か自分も年だなあと思いますが、
一方で、音楽って、不思議な力があるもんだということも改めて知った次第です。

とにかく、生を受けた我々が、一人残らずいつも希望を持って生きていけるような世の中であってほしいと、心から切に願ってやみません。


夏と少年

2011/08/15

先日、息子と川遊びに出かけました。

私も、人の親になって何年も経ちましたが、
いまだに、満足に子育てできているという実感や手ごたえはありません。
いつも、「これでいいのかな」と思いながら、月日はあっという間に流れていくという実感だけは、自分の年の取り方などから確実に存在している、そんな感じです。

もうすでに、家族で遠出など年に数回になっていますが、
特に夏に出かけた時などは、自分の小さい頃両親に田舎に連れて行ってもらったことを思い出します。
なぜ夏なのか自分でもよくわかりませんが、夏は少年の心に躍動感や高揚感をもたらすものなのでしょう。

無邪気に水遊びをする息子と少年のころの自分とを重ね合わせたりしながら、
やはり思うのは、親の気持ちです。
自分がこうして息子を見ているのと同じ気持ちで、両親はみてくれていたんだなとしみじみ思います。

日常の中で、子供の成長を心から感じられるときなんて、なかなかないですよね。
日常を離れて、ゆっくりと家族で過ごす時間をなるべくとらなくてはと考えている今日この頃です。


街歩きの楽しみ

2011/07/15

街歩きが好きです。
学生時代の京都に始まり、その後岐阜県の大垣、三重県の松阪、さらには愛知県豊橋市と拠点にしていた営業時代は、豊橋だけでなく岡崎、さらには静岡県の浜松・掛川・静岡など城下町を仕事の合間に散策しました。どの町にも、街角街角に色んな歴史が眠っていて、今でも色んな景色や町の「香り」などが懐かしく思い出されます。
一方で、「灯台下暗し」とはよく言ったもので、自分の生まれ育った近所などはあまりに存在が近すぎて、素通りしていたり、正しく評価できていなかったりするものです。
私、昼休みにはなるべく外の空気を吸いに、外出することを心がけていますが、その中で、メ~テレの近くにも、私のような好事家の心を満たしてくれる風景があります。

実はメ~テレは、東別院さん(正式には真宗大谷派名古屋別院)の敷地内に立っていまして、戦国時代にはここは織田信長の父信秀の居城・古渡城があったところです。メ~テレの今の社屋が建つ前にここで発掘調査が行われていたのを記憶しています。またメ~テレの北に「下茶屋公園」という江戸時代の庭園の跡がありますが、ここは古渡城の濠の跡ではないかと言われています。

さらに、メ~テレから数分歩きますと、現在本町通と言われている道に出ます。ここは昔、美濃路と呼ばれた街道で、東海道の宮宿と中山道の垂井宿を結んでいました。関が原の戦いの際には、東軍の福島正則軍が通り、さらに江戸時代は将軍上洛の道としても使われ、「吉例街道」と呼ばれたそうです。今は、古街道の面影はメ~テレ近くにはありませんが、晩秋には街路樹の紅葉が美しい風景を見せてくれます。

また、いい街歩きができましたらご報告します。


スムースジャズの嗜み(たしなみ)

2011/06/15

前回とはまたがらりと変って、音楽関連になります。

スムースジャズという言葉、聞いたこと、ありますか。
以前は、フュージョンとかコンテンポラリージャズなどと言われていましたが、10年ほど前からこの言葉に収まりつつあります。
サックスやトランペット、またギターなどの1楽器が曲をリードしていくんですが、いわゆる歴史のあるストレートジャズとは違って、曲構成がポピュラー系で、またバックも電気楽器や打ち込みで作られているものと言えばいいでしょうか。
最近動画サイトで、デビッド・サンボーン(サックス奏者)の曲をコピーして吹いている日本人の様子を見て、「やっぱりサックスはかっこいいぜ」と感じ、ここ数年お蔵入りになっていたサックスを取り出してきて、時間を見つけてまたパラパラと吹き始めたところです。(ついでにこの日本人奏者が使用していると述べているマウスピースをネットで購入。)

このコラムのキャプションのごとく、全く腕は上がりませんが、でもサックスの音色を感じるだけでも、心地いいというか癒されますね。

以下、入門編としておススメの奏者とその代表作をあげてみます。皆さん一度聞いてみてください。

【アルトサックス系】
Dave Koz「The Dance」(1999)
Warren Hill「LIFE THRU ROSE COLORED GLASSES」(1998)
Nelsonn Rangell「Destiny」(1995)

【テナーサックス系】
Richard Elliot「AFTER DARK」(1994)
Boney James「SEDUCTION」(1995)

【ソプラノサックス系】
Kenny G「BREATHLESS」(1992)、「THE MOMENT」(1996)

【コラボ系】
Boney James/Rick Braun「SHAKE IT UP」(2000)

他にもたくさんあります。次回は、ファンならではの、こだわりのCDをご紹介しようと考えています。


古代への道 はるか

2011/05/16

先日福岡を訪れました。
子供のころからの歴史好きでして、大学でも専攻をしました(学生時代にもっと勉強しておくんだったと今更ながら悔やんでいますが)。
最近は、2月14日のブログでも書きましたように、邪馬台国関連(といいますか、日本の国としての成り立ち自体に興味があるんですが)について、様々本を読み返したりしております。

そういった中で訪れたかったのが、福岡県です。
ブログでも書きましたように、「邪馬台国」は「魏志倭人伝」に出てくるわけで、この文章から読み取れる事実と、考古学、またその他人文・自然科学の要素など考え合わせると、そのほかの倭人たちの国々も合わせてやはり九州にあったと思われます(その後の姿については色んな議論があると思いますが)。
そういった中で、今回邪馬台国の所在地として有力候補となっているところに出かけてみました。

山門車塚古墳(福岡県みやま市瀬高町山門)

一箇所は、みやま市瀬高町山門(やまと)です。ここはその地名から江戸時代からすでに候補地とされていたところです。史跡を見たり、市内の図書館で周辺の遺跡発掘報告書などを散見しました。弥生時代の大遺跡などはないようですが、女山(ぞやま、「女王山」の転訛ではとの説もあり)という山に列石(神籠石)があったり、いくつか古墳がありました(その古墳の周辺に弥生遺跡あり)。

平塚川添遺跡(福岡県朝倉市)

もう一箇所は、朝倉市の平塚川添(ひらづかかわぞえ)遺跡です。
ここは平成になってから、あの吉野ヶ里遺跡の発見後見つかったところです。弥生の大集落遺跡で、7重の濠で囲まれていて、祭殿跡なども見つかっています。実は、今遺跡公園になっている場所は、集落のごく一部と考えられ、全体の規模は吉野ヶ里をしのぐと言われています。ある学者は、この周辺の地名が奈良県の三輪地方の地名と非常に似ていて、ここに邪馬台国があり、その後奈良県に移ったという説を出しています。

今回の私の感想ですが、感動したのは、伸びやかで広やかな筑後平野の景色です。平塚川添遺跡から、「筑紫次郎」の名で知られる筑後川が育んだ広大な平野の景色をみていたら、ここに卑弥呼たちがいたんだなと思えてきました。

その他、八女市の岩戸山古墳などを見学してきましたが、まだまだ訪れたい場所がありました。次回は、吉野ヶ里遺跡や玄界灘に面した地域の遺跡などにも行ってみたいと思っています。


希望の春に

2011/04/18

名古屋では先週やっと桜が満開になったと思ったら、気が付いたらもう葉桜になっていました。
毎年のことですが、桜が満開になった途端に、それまでの朝晩の冷え込みが和らいで、日中は初夏を思わせるような陽気になりますね。

先日少年野球の観戦に行きましたら、バックネット裏にたんぽぽの黄色い花がいくつも咲いていました。
冬の間ダークなモノトーンになっていた野山も、春になると途端に明るい色の花が咲き、色鮮やかになります。
そしてグランドからは子供たちの歓声や、ボールを一心に追いかける姿がありました。

「終わらない冬はない」、「冬は必ず春となる」という言葉がありますが、今年ほどこの言葉が身にしみたことはない気がします。

自然や子供たちの姿に、励まされた一日でした。


  • 名前:松井 秀
  • マツイ シュウ
  • 生年月日:2月3日
  • 出身地:名古屋市
  • 血液型:A型
  • 星座:みずがめ座
  • 出身校:同志社大学
  • 入社年:1988年
  • 趣味・特技:音楽(聴く、奏でる)、焼酎
  • 自己PR:アナウンス部に戻って3年。若い人たちと一緒に汗をかいて、ますますアナウンスにどっぷりと浸かる日々を送りたいと思っています。まだまだ自分では若いと思っていますので(勘違い!?)、どうぞよろしくお願い致します!
  • 現在の担当番組:
    定時ニュースなど

メ~テレアナウンサーのテレビでは見られない素顔をたっぷりと!
待ち受け画像に着ボイス、読み物と充実のコンテンツ!!