
沖縄大好きです。
はじめは高校2年の時に家族旅行で。その後、何回も行っています。
海の青と空の青、同じ日本とは思えない開放感が好きです。
これまでは専ら、「癒し」のために訪れていましたが、今回は別の目的で。
元ひめゆり学徒の方のお話を聞いたことで、居ても立ってもいられなくなりました。
まず訪れたのは、
「沖縄陸軍病院 南風原(はえばる)壕群 20号」です。
ひめゆり学徒隊がはじめに動員された場所。
本物の壕を整備し、2007年から一般公開されています。
病院ということで、負傷者が運びこまれ、ここで手術も行われていました。
20号は、長さ約70m、高さ約1.8m、床幅1.8m。
はじめは余裕があった壕も、日が経つにつれ、木の板で作られた狭いベッドは満員になり、重傷者も地べたに座らされ、足の踏み場もなくなったそうです。
入り口付近は、天井が黒く焼け焦げていました。
米軍の火炎放射器によるものと考えられていて、撤退命令が出た後、壕に残された人は全員亡くなったそうです。
ちなみに、ここは文化財に指定されているので、劣化を避けるため、電気などは取り付けてありません。
ヘルメットをかぶり、懐中電灯で照らしながら、見学します。
閉所・暗所恐怖症の方にはおすすめできません。

「沖縄陸軍病院 南風原壕群 20号」(出口です)
次に訪れた「ひめゆりの塔」は修学旅行生でごった返していました。
展示物や証言などをろくに見ずに通り過ぎる姿にがっかりしましたが、出口で、一生懸命感想文を書いて投函している男子生徒を見つけました。
重く暗い過去から、明るい未来へ。光がさしたような、爽やかな気持ちになりました。
元ひめゆり学徒の皆さんは、目の前で、兵隊さんや友人が亡くなるのを見てきました。
「生きていて、ごめんなさい。」
という気持ちでこれまで過ごしてこられたそうです。
戦争が終わって40年経っても、当時の話をできなかったとおっしゃっていました。
今は、「自分たちが伝えなければ。」という思いで、
「ひめゆり平和祈念資料館」や各地の講演会で、つらい過去を語っていらっしゃいます。
そのたびに、ちゃんと伝わっているのかどうか、不安に思うそうです。
修学旅行の男子生徒のように、自分の感じたことを、たとえ一行でも書いて伝えることが、少しは気持ちを軽くする役にたつのではないかと思います。

ひっそりと佇む「梯梧の塔」
「ひめゆりの塔」ばかりが有名になっていますが、その隣の敷地にひっそりと「梯梧(でいご)の塔」があるのを知っていますか?
梯梧学徒隊も、ひめゆり学徒隊と同じような運命をたどったのに、手を合わせる人の数は少ないようです。
この日も私たち以外に誰もいませんでした。
駐車場から「ひめゆり」にいく途中にあるんです。お土産さんの奥なのでわかりづらいけど。
修学旅行のコースに入れればいいのに…。
といいつつ、私もいままで知りませんでした。
南風原の壕を案内してくれた、ボランティアガイドの知念さんに、
「白梅の塔や梯梧の塔にも行ってみてください。」
と勧めていただき、足を運ぶことができました。
「夏休みに沖縄へ。」と考えている方。
このブログで何かを感じていただけたら、ぜひ訪れてみてください。
海の青と空の青、同じ日本とは思えない・・・けど、
同じ日本で起こったことです。











